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第7話 値踏み
「それで、小汚い男は仕事なの?」
あの後、目を覚ますと『寝過ぎたな。遅刻だ。また、あいつらに怒られるな』と渋い顔をして、出て行ったから、仕事だと思う。
ただ気になったのは上下がジャージでビーチサンダルだった気がした。
私の見間違えかもしれないけど。
「仕事だと思うけど……」
「仕事ならいいわ。部屋に入れて」
麗奈はさも、当然の権利とばかりに言った。
断り切れず、麗奈を部屋の中にいれると無遠慮にじろじろと部屋中を見て回った。
「麗奈。朗久さんを小汚いなんて言わないで」
「お姉様。あれを小汚いと言わないでなんと言うの?」
「絹山の家を救ってくれた恩人よ。貶めるのはやめて」
「そうね、お金持ちっていう取り柄はあるわね。それだけだけど」
麗奈は私が何を言っても、朗久さんを認める気はないようだった。
朗久さんはお祝いのケーキを用意してくれたし、私の部屋を陽当たりのいい場所にしてくれて過ごしやすいように気遣ってくれた。
少なくとも悪人ではないし、着ているものも普通だと思うけど。
それに今日の朝、気づいたら私も一緒に眠ってしまっていた。
居心地の悪い人ではない。
むしろ、妹の方が苦手に感じてしまう。
身内なのに―――
「今日はどうしたの?」
「新居を見に来てあげたのよ。まあまあね。私と聡さんが結婚したら、どんな部屋にしようか、悩んでいるのよ」
どうりで値踏みしているような目をしていると思った。
昨日は頭がいっぱいで、気づかなかったけれど、部屋にあるのはイタリアの高級家具メーカー、カッシーナで椅子やソファー、テーブル、照明、ラグからベッドのリネンまでもがそうだった。
百貨店で取り扱うためにコレクションを見に行ったり、店舗まで行ったことがあったから、わかった。
デザインが素敵だけど、高額すぎて簡単に手が出せる品物ではない。
それがわからないのか、麗奈は鼻先で笑い飛ばした。
「この程度なのね」
気づいていないことにがっかりした。
百貨店をこれから、背負っていくのは麗奈と聡さんなのに―――物の良さを見抜けないのは物を売る側として致命的だ。
「ねぇ。今度、聡さんと結婚式のドレスを見に行くんだけど、莉世お姉様も一緒に来てほしいの」
私も?
仮にも元婚約者の私が二人の結婚式に出席するのさえ、気まずいなと私は思っているのに麗奈は平気みたいだった。
聡さんも私との婚約を断った手前、会いたいとは思っていないはず。
「だめ?お姉様にすれば、聡さんと私が一緒にいるところは見たくないと思うけど」
麗奈は気まずいとは思っていないようだった。
まあ、それならと、引き受けることにした。
「いいわよ。ねえ、それよりも百貨店はどう?経営はうまくいきそうなの?」
「それよりも!?」
麗奈は私を睨みつけた。
「だから、お姉様はだめなのよ。まだわからないの?仕事のことばかりだから、婚約者に愛想をつかされたんだってこと!婚約者に捨てられた挙げ句、愛のない結婚をするしかなくなって、可哀想だと思ったから、慰めにきてあげたのに」
「麗奈。結婚がゴールではないの。百貨店の経営をきちんとしないと、生活をしていけなくなるわ」
「昔から、お姉様はそう!真面目でつまらないことばっかり言うのよね。いいわ!帰るわ!」
麗奈は怒りながら、大股で歩き、玄関までくると、ドアを閉める前に麗奈は捨て台詞を吐き捨てていった。
「お姉様が考えないといけないのは今の惨めな愛のない生活をどうにかすることでしょ?せいぜいあのお金だけが取り柄の男に気に入られるよう努力したら?30歳で男の気をひくなんてむりだろうけど!」
ひどいことを平気で言っていたけれど、今は麗奈の言葉より、経営の方が心配だった。
あの様子ではまったく、百貨店に行っていないだろう。
せめて、どんな感じなのか、見に行きたい。
「でも……」
聡さんと鉢合わせしてしまうと、気まずい。
まるで、信用していないと思われてしまう。
「そうだわ!従業員として働くなら、聡さんも迷惑じゃないかもしれないし……」
まずは朗久さんが帰ってきたら、働いていいか、相談してみよう。
「どうして思いつかなかったのかしら」
もしかしたら、また働けるかもと淡い期待に心を躍らせた。
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