【祈願 其之一】 天狗様と聖なる夜

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【祈願 其之一】 天狗様と聖なる夜

 話は、ぜーんぶ聞こえていた。  私……山南藍は、天狗様たちが集まってわいわい騒いでいた客間の隣である居間にいたのだから。  太郎さんの強引さと、お母さんの有無を言わせぬ圧力には感心する。今日はどちらかと言うと申し訳ない気持ちでいっぱいになったけれども。  天狗様たちはできるだけ都合をつけようと話合った挙句……じゃんけんでお手伝いする順番を決めていた。  結果、一番最初が三郎さんに決まった。後に誰が続くのかはわからないけれど、これはタイミングがいいと思う。  何故なら、直近でお手伝いが必要な日とは、クリスマスだからだ。  今、皆さんは意気消沈しながら帰り、家には再び私たち親子と店子3名だけが残った。今は全員で、居間のこたつに入って、クリスマス限定メニューの打ち合わせをしている。 「やっぱり鶏料理を多めにするんですか?」 「そうねぇ。気分的にね。でも基本的にガッツリ系なら何でも喜ぶわよ。だから普段は曜日ごとに出してるメニューを一気に出すだけでも喜んでもらえるの」 「まぁそれは嬉しいでしょうね」 「それより太郎さんたちはいいの? 確実にキリスト教じゃないでしょう?」 「母君もでしょ?」  我が家は無宗派でミサに行ったりはしないけれど、その分色々なイベントを宗教関係なく楽しんできた。それはお母さんの店も同じで、正月だろうとバレンタインだろうとお盆・お彼岸だろうとクリスマスだろうと、何だってやる。  人が集まる機会があれば必ずお食事処が必要となる……それがお母さんの持論だ。  一方の太郎さんたちは、皆様大きく分けて神道もしくは仏教だ。年の瀬も迫っている中、他所の宗教のお祝い事を盛り上げてもらってもいいんだろうか。 「クリスマスはイエス・キリストの誕生祭でしょ。大昔の偉人の誕生を祝うのに、宗教なんて関係ないんじゃない?」  なんて懐の深いお言葉……さっきの大天狗集会の場で、その片鱗でも見せてあげてほしかった。ちらりと視線を動かすと、僧正坊さんも同じような顔をしていた。  何はともあれ、太郎さんはやると決めたら全力を尽くす真面目な人。そこには宗教も何も関係ないのだ。飄々としているようで一本気ともとれる視線を見ていると、私も何か役に立ちたいと思った。 「あの……三郎さんが入ってくれるなら、きっといつもより女性客が増えるんじゃないでしょうか? だから女性向けのメニューとお酒も用意した方がいいと思います」 「ああ、そうねぇ。それでランチにも来てくれるようになったらいいわねぇ」  毎年、クリスマスには近所の人が寄り集まって限定メニューを食べに来たり、シャンパンを持ってきてくれたり、いつも以上の大騒ぎになるのだ。  そこへ三郎さんのような女性受けする美丈夫が入れば、男性客だけでなく女性客も集まるに違いない。  ちなみに治朗くんも毎年駆り出されていて、ご近所の方々に可愛がられてはいたが……残念ながら客寄せパンダにはなり得なかった。 「じゃあ当日は……治朗くんと三郎さんはずっと接客ね。太郎さんは調理。藍ちゃんは調理と接客とを状況に応じて。僧正坊さんはお皿洗いね」 「あの、母君……何故私は皿洗いなのでしょう?」 「太郎さんの仕事ぶりを観察しないといけないのなら、太郎さんと同じ場所にいないとね」  僧正坊さんは、一番下っ端がやりそうなお仕事にご不満のようだ。だけどお皿洗い係がいなければ料理を出すことができなくなるし、この寒い季節には特に堪える役割。誰でも良さそうでいて、かなりの重労働なのだ。  それを、体よく押し付けたと見える。   「やれやれ……」  そのため息で、話し合いは決着した。  当日のメニューもあらかた決まり、役割分担も決まった。  いつもより賑やかなクリスマスになりそうだ。 「では一旦解散しましょうか。僕、晩ご飯作ってきます」 「ああ、待って待って。もう一つ、今の内に考えておかないといけないことがあるの」  そう言って、お母さんはプレゼントを渡す前の子供のようにキラキラした笑みを浮かべていた。  時は11月下旬。だけど宴の準備は、もう既に始まっていたのだ。
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