部活の前に

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 やっと眠たい授業を終えたあとに、まだ解放しないぞと待ち受けているのが掃除当番だ。早く部活に行きたい生徒にとっては嫌なものであることには違いないが、我がクラスの割り当ての中で楽なのが水曜日だった。私たちの班が化学室の当番だからだ。週の真ん中だし、掃除は楽だし、何よりもバンドの練習日である水曜日は気分があがる日だ。  それに加えて今日は新曲を初めて合わせる予定だから、尚更ワクワクしていた。しかし、テンションがあがっていたのがあだとなったのだろう。化学室の掃除を終え、一緒の班の子たちとお喋りをしながら教室へ戻ると、結局いつもと変わらない時間になっていた。あちゃーと思う。化学室の掃除はその時間に先生がいないことが多く、また、クラスの教室よりも綺麗なため、掃除を早く切り上げられるはずなのだ。ただ、今日は話に花が咲いてしまい、モップを持った手よりも口の方が忙しく動いていたようだ。  教室のドアから中を覗き込むと、窓際の席でいつもと変わらず宏輔が待ってくれていた。申し訳なく思うけれど、音楽を聴いているようだから本人はさほど気にしていないだろう。  宏輔はなにかと上手いことやって早々に掃除を終えて、それでも先に部活には行かずに待っていてくれる。ちなみに、上手いことやって、というのは本人の談で、断じてサボっているわけではないのだそうだ。一にも二にも音楽な宏輔を見ていたら、早く部室に行ってほかのメンバーに会いたくなってきた。  歩調を早めて教室に入ろうとしたところ、肩をとんとんと叩かれた。振り返ると、一緒に化学室から帰ってきた真未ちゃんだ。内緒話らしく、そっと口を耳元に近づけてきた。 「後藤くんって、絶対菜央ちゃんのこと待ってるよね!素敵だなぁ!」  なんの話かと思えば。 「素敵だとかいうことでもないと思うよ。同じバンドだし、習慣になってるからなあ」 「その、ナチュラルに一緒にいる感じがうらやましいんだって!」  バンドのメンバーである雅弘や裕太ともよく一緒にいるが、宏輔はクラスも同じため、自然と一緒に行動することが多かった。それに、宏輔は心配性なのだ。 「ふふ。未だに私が逃げると思ってるんだよ」  私が軽音部に入部するかどうか躊躇っていたときの騒動を思い出していた。宏輔も雅弘も裕太も、何をそんなに気に入ってくれたのか熱心に私をバンドに引き込んでくれた。あれは、大切な記憶だ。私の音楽の原動力のひとつと言っていい。 「え、それって束縛?」 「そういうのじゃないよ!」  勘違い気味の真未ちゃんに、また明日、と手を振って自分の席へ向かう。束縛なんかではなく、4人で一緒に音楽をすることがしっくりきているから。みんなが感じているのはこんなところだろう。  鞄を持ち、今度は宏輔の席へ。 「お待たせしました」  いつもはそんなことはしないけれど、律儀にお辞儀をしてそう言うと、宏輔はきょとんとした表情でイヤホンを外した。 「なんかご機嫌だな」 「練習が楽しみなのです」 「ああ。そういうこと」  ふっと表情が緩んだ宏輔は、立ち上がると何故だかぽんぽん、と私の頭に手を乗せた。 「じゃ、行きますか」  そうだね、楽しみだね。などと同意の言葉はくれない割に、その手には慈しむような温かさがあるのだった。この温もりには離れがたく思わせる力がある。それはもしかしたら、ある意味で私を束縛する力なのかもしれないな、なんて思った。真未ちゃんの言うこともあながち間違いでもないのかもしれない。
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