第一章 わたしと変身能力者(シェイプシフター) 01 タヌキの置き物

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第一章 わたしと変身能力者(シェイプシフター) 01 タヌキの置き物

 精霊(?)のおじいさんとの出会いから三日後。 「あんの、嫌味眼鏡……!」  会社からの帰宅途中、わたしは周囲の通行人に聞かれないよう、小声で悪態を吐いた。  三箇月前、わたしは大学卒業後から勤めていた会社を辞め、現在の会社に転職した。毎日強制で一時間以上のサービス早出、有給が使い辛い、更には女性社員のみが事務所内と男女兼用トイレの掃除、喫煙コーナーの灰皿の片付け(わたしを含め、ほとんどの女性社員は煙草を吸わない!)、昼のお茶当番……といった、ブラックかつ前時代的な風土が嫌になったからだ。  幸いにも、現在の職場はホワイトのような気がする。人間関係も、まあ悪くはないかな。もっとも、入社してまだ日が浅いので、悪い部分に気付いていないだけかもしれないけれど。  しかし今、わたしはちょっとした問題に悩まされていた。その原因は、同じ部署で働く一人の男──嫌味眼鏡こと、佐伯(さえき)課長だ。  仕事は優秀で熱心。スラリと背が高く、オールバックの黒髪に銀縁眼鏡というインテリ風で、なおかつ整った容姿のためか、女性社員の間で人気があるし、男性社員からも一目置かれている。わたしも最初は、素敵な人だなあなんて思ったけれど。  こいつがとにかく嫌味でムカつく!  わたしの些細なミスを目ざとく見つけちゃ「おや、結構大雑把なんですね」だの「あれ、前職でも営業事務やってらっしゃったんですよね?」だの。  しかもこいつ、わたし以外の人間にはそんな事言わないんだな、これが!   何なの? 中途入社差別? あ、あれか? 地味で美人じゃなくてもうそんなに若くない女には何言ってもいいってか? 眼鏡叩き割るぞ?  ……うーん、でも、よくよく考えたら容姿と年齢は関係なさそうな気がする。やっぱり中途入社に厳しいのか? それともまさか〝特に理由はないけれど何となくムカつくから〟とか〝自分より弱そうだから〟なんて、タチの悪いいじめっ子みたいな理由?  ……まあ、そもそもミスするわたしがいけないんだけどさ! すいませんねっ!  ああもう、イライラする。甘いものでも食べてストレス解消しなきゃね!   というわけで、途中でコンビニに寄り、チョコプリン一つと抹茶プリン二つを買った。後者は同居している両親の分だ。まあ、わたしってば優しい。  スイーツの入ったレジ袋を右手に下げ、コンビニを出て再び帰路に。  今日の夕飯は何だろう。最近は仕事が忙しいのを理由に、料理は母さんに任せ過ぎちゃっている。たまには自分でもやらないと、そろそろ何か言われちゃいそうだ。  そんな事を考えながら、自宅付近の小さな駐車場の前を通り過ぎようとした時だった。  んっ……?  視界の端にちょっと意外なものが映り込んだ気がして、わたしは思わず足を止め、そちらに目を凝らした。  ……うん、やっぱり見間違いじゃない。  タヌキだ。と言っても本物ではない。右手側の一番手前に停めてある軽自動車とコンクリート壁の間に、こちらを向いた信楽焼きのタヌキの置き物がポツン。  何でこんな所に? 不法投棄?  わたしは置き物まで近付くとしゃがみ込んだ。サイズはだいたい五〇センチくらいかな。暗がりで細かい部分はよく見えないけれど、状態はそんなに悪くないような。そして、クリクリッとした大きな目。  ああ、何だか結構可愛いな……なでなでしたくなってきた。  わたしは周囲を見回し、誰もいない事を確認すると、空いている左手でタヌキの置き物の頭をそっと撫でた。  ……ああ、やっぱり可愛い。もっとなでなで! 「よぉ~しよしよしよしよし!」  親戚の家で飼っている柴犬のペロスケを思い出した。あの子の頭も、よくこうやってなでなでしたよなあ。最近会ってないけど、わたしの事覚えているかな。 「よぉ~しよしよしよしよし! タヌちゃんよしよぉ~し!」 「プフッ」  ……んっ?  今……誰かがちょっと噴いちゃったような声が聞こえなかった?  わたしはしゃがんだまま、慌てて周囲を見回した。  ……誰もいない。空耳だったかな。ま、まあ、それならそれでいいんだけれどね。聞かれていたとしたら、結構恥ずかしいし。  というか、こんな事している場合でもなかった。そろそろ帰ろう。  わたしがゆっくり立ち上がった時だった。 「クソッ、あの野郎何処行きやがった!?」 「逃げ足速かったからな……もう遠くに行っちまったかもしれねーぞ」 「いや、それなりのダメージを与えたんだ。追い付くはずだ」  三人の男の人たちが、何やらちょっぴり不穏な会話をしながら、わたしが歩いて来た方向から走ってやって来た。 「あの野郎、とっ捕まえたらどうしてくれる──」  目が合うと、男の人たちはハッとしたように口を噤み、足を止めた。三人をよく見ると、スキンヘッドだったり眉毛がなかったり、首元に刺青がチラッと見えたり目付きが鋭かったりと、何か怖そうな人たちだ。  ヤバい、あんまり見ちゃうとキレられるかもしれない。さ、帰ろ帰ろ── 「あの~、おねえさん、ちょっといいですか~?」  うわ、真ん中のスキンヘッドさんに話し掛けられた! 全然良くないんですけどー! 怖いんですけどー! 「は、はーい?」  でもちゃんと返事しちゃいましたーっ! 「人を探してるんですけど~。背は一八〇近くあって、鳥の絵のスカジャン着て、髪は茶色で両耳にピアスしている男……見かけませんでした~?」  わたしはちょっと考えてからかぶりを振った。割と目立ちそうだから、視界に入っていれば何となくでも覚えていそうだけれど、全く記憶になかった。 「そうですか~。どうも~」  スキンヘッドさんはニッと笑うと、連れの二人に「行くぞ」と言い、三人一緒にわたしの帰宅方向へと走り去って行った。  あーっ、何かヒヤヒヤした! 後でまた出くわしませんように! 「じゃあね、タヌちゃん」  わたしはタヌキの置き物に小さく手を振ると、その場を後にした。
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