第一章 わたしと変身能力者(シェイプシフター) 04 猿島に猿はいない①

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第一章 わたしと変身能力者(シェイプシフター) 04 猿島に猿はいない①

「ああでも、休みの日が合うかなあ」レイジはポリポリと頭を掻いた。「俺、明後日と明々後日はどっちも仕事で、次の休みは火曜日なんだ。ミトカの仕事って土・日休みじゃない?」 「そうよ。でも実は、来週の火曜日は休みなの。会社の設立記念日で終日休業」  何て偶然だろう。不思議な縁を感じる……って言うと大袈裟かな。 「マジ? じゃあその日でいいかな」 「うん。平日の方が空いているだろうし、丁度いいわね。横須賀のどういった所に行きたいの?」 「そうだな、色々気になるけど……猿島(さるしま)に行ってみたいな。あと戦艦三笠(みかさ)を見たり、海軍カレー喰ったり」 「戦艦三笠は三笠公園内にあって、猿島は公園の隣から船が出てるのよ。両方見て回ったら、お昼にカレーを食べましょうよ」  それから待ち合わせ場所や時間などを決め、連絡先を交換すると、わたしはレイジと別れた。レイジの住んでいるアパートは、この町からはだいぶ離れていた。昨日は三人組から逃げるのに無我夢中で、道を間違えたそうだ。  そのトラブルがなかったら、道を間違えなかったら、わたしはレイジと出会えていなかったんだろう。……うん、やっぱり不思議な縁だよね。  家に帰ると、テンション高めの両親が出迎えた。何と、以前母さんが応募した懸賞が当たり、つい一〇分程前に高級和牛のセットが届いたのだった!  そういえば、駐車場でレイジと話している時に、宅配のトラックが通り過ぎてゆくのが見えたけれど、あの中に積まれていたのかな。  夕食後、自室で寛いでいたわたしは、沈んでいた気持ちがだいぶ浮上している事に気付いた。柔らかくって、口の中で溶けちゃうような最高のお肉で満腹になったからかな。  ……いや、それもあるけれど、やっぱり一番は……。  わたしはレイジとの一連のやり取りを思い返した。まさか、変身能力を持つ人間が実在するなんて! それだけでも充分ビックリだというのに、更にレイジは、わたしに観光地の案内を依頼してきた……昨日初めて出会った場所までわざわざやって来て、姿を変えて待ち続けて。 〝その……もう一度君に会いたいなって思ってさ〟  嬉しい事言ってくれるんだから……へへへっ。  まあでも、恋とかそういうのではないんだろうな。単に頼みやすそうだったからとか、そういう理由なんだろう。  だって、非モテのわたしが一目惚れされるはずないし?  ……ん? 待てよ。  この間神社で出会った、精霊(?)のおじいさん。 〝お礼にあんたの人生をガラリと変えてあげるよ〟 〝あんたの周り、これから賑やかになるよ。モテモテのモテ子になれるかもねえ〟  も、もしかして……いやまさかそんな……ああでも、あのおじいさんがただの変な人だとは思えなかったし……?  なんて事をずっと考えていると、満腹のはずなのに何だか甘いものが食べたくなってきた。まあ、別腹って事で。  ……あ、いけない!  リュックにエクレアとエスプレッソを入れっぱなしだった!  そして火曜日。  待ち合わせ場所である、京急(けいきゅう)線の横須賀中央駅東口改札前には、約束の時間の一〇分前に到着した。  レイジはまだ来ていないみたいだな、なんて思っていると、右手に持っていたスマホが震えた。おや、レイジからのメッセージだ。 〝おはよう! 今駅に着いたんだけど、うっかり西口に降りちまった!〟  あらら、意外とドジ? あと文章の最後に付いている、目の潤んだ顔絵文字が可愛いんですけど! 〝おはよう! わたしは今東口に着いたところだよ。焦らなくて大丈夫だからね〟  最後に笑顔を付けて返信したわたしの顔は、ちょっとニヤけていたかもしれない。  レイジはそれからすぐにやって来た。昨日と同じような服装だけれど、よく見るとスカジャンのデザインが違う気がするし、スニーカーも新しそうだ。わたしに会うのに気を遣ってくれたのだろうか。  対するわたしは、Gジャンに薄いベージュのTシャツ(筆記体で何か書かれているけれど、正直言うと読めない)、薄いピンクのロングスカートに赤と白のスニーカー、キャメルのショルダーバッグ。休日はいつもこんな感じだ。ファッションセンス? 何それ美味しいの? 「おはよ! 悪い悪い、うっかりしてた」 「おはよう。わたしも着いたばっかりだったから、大丈夫」 「えーと、今日はよろしく」 「こちらこそ」  レイジがペコリと頭を下げたので、わたしも同じようにした。そして頭を上げて目が合うと、どちらからともなく微笑む。  ……んん、何か笑えるような、照れ臭いような。何だこの感覚。 「あ、じゃあそろそろ行こうか」 「ああ。着いてくよ」  改札前は歩道橋になっているので、奥の階段を下り、商店街を進んでゆく。 「ミトカは昔から横須賀に住んでるの?」  無言になると気まずいから、色々と質問してみるつもりでいたけれど、レイジの方から話を振ってくれた。 「うん、生まれも育ちもね。友達はほとんど横須賀を出ちゃったし、わたしもそのつもりでいたんだけど、まだズルズルと実家暮らししちゃってる」 「へえ。でも、それで問題ないなら、焦らなくたっていいんじゃないの」 「まあ……うん」  レイジはそう言ってくれたけれど……世間様は他人の生き方に厳しいもので、わたしくらいの年齢の独身者が実家暮らしだと、甘えだとか、だから結婚出来ないんだとかって好き勝手に非難されやすい。わたしはわたしだと自分に言い聞かせても、ネットをやっていると、嫌でもそういう意見が目に飛び込んでくるから、こうやって人に話す時は、どうしても言い訳がましくなってしまう。 「レイジはどうして引っ越して来たの? 元々何処に?」 「俺は藤沢(ふじさわ)市で生まれ育った。大学進学と同時に東京で一人暮らしを始めたんだけど、一年で中退して、同じ都内の会社に就職した。これといった大きな問題もなく働けて、周りの人間たちとも上手くやってたんだけどさ……」  レイジが小さく溜め息を吐いたのが聞こえた。 「今年に入って、会社が競合他社に合併吸収される事が決まって、早期退社を募集し始めたんだ。俺は最初のうちこそ関係ないやって無視(シカト)してたんだけど、何かこう、じわじわと圧力を感じるようになってさ。しまいにゃ上司に呼び出されて、『このままじゃ解雇になる可能性が高いから、今のうちに自分から辞めた方がいいぞ』って」 「それで辞めたの?」  レイジは「ん」と頷いた。 「ええ、酷い! ほとんど脅しじゃない!」 「俺も最初はそう思った。でも確かに上司の言う通り、解雇(クビ)になったら退職金貰えなくなって、泣くに泣けないだろ? それに実際、退職を拒んだ結果解雇された人たちもいた。その中には、何十年も働いて、定年が近かった人もね」 「うわあ……」  会社側にもやむを得ない事情があったにせよ、かなり残酷だ……。 「で、辞める少し前に、横須賀(こっち)に住んでいる兄貴に電話で愚痴ったら、『こっちに引っ越して来て、仕事を手伝ってくれないか』ってね。一応次の仕事探すまでの間って約束だけど、何か気楽だから、しばらくこのままでもいい気がしてる」 「そっか、なら良かったね!」  仕事を失って慣れない土地に来て、色々と不安なんじゃないかって心配になったけれど、それなら大丈夫そうだ。お兄さんと一緒に仕事か。仲がいいんだな。一体どんな仕事なんだろう。 「ん、何かごめんな、重い話しちまって。今日はせっかく、その……案内してもらうのに」 「ううん、そんな事ないよ」  むしろ、出会って間もないわたしにそこまで話してくれたのが、ちょっと嬉しかった。  二〇分程で、わたしとレイジは三笠公園に到着した。戦艦三笠と東郷平八郎(とうごうへいはちろう)の像が出迎えてくれたけれど、まずは公園隣のチケット売り場へ。建物の中ではお土産や食事も売っていて、わたしたち以外にも数人のお客さんがいた。 「ねえママァ~、猿島ってお猿さんいるの?」  わたしたちの前に並んでいる六、七歳くらいの女の子が、無邪気な顔して隣の母親に尋ねている。うん、わかるよその気持ち。猿島という名前を聞くと、知らない人の多くが同じ疑問を抱くもの。子供なら尚更だ。 「えー? いないわよぉ」 「じゃあ何で猿島って名前なの?」 「うーん……確か昔は沢山いたんじゃなかったかな……?」  ち、違う。違うよお母さん! 「なあミトカ、猿島に猿っていないの?」  レイジがちょっと大きめの声でわたしに尋ねた。 「全然いないよ」  よし、せっかくだから教えてあげちゃう。 「昔々、日蓮(にちれん)っていう僧侶が、船で千葉から鎌倉に渡る途中で嵐に遭ってしまったの。しかも船の底に穴が空いちゃって大ピンチ。でもお経を唱えたら、大きなアワビが集まって穴を塞いでくれて、そうこうしているうちにある島に着いたの。  で、島に着いたら、今度は何処からともなく一匹の白い猿が現れて、島の奥の洞窟まで案内してくれたから、その中で体を休めたんですって。それが猿島の名前の由来よ」 「日蓮(すげ)え! アワビ取り放題じゃんか」 「え、そこ?」  猿は? 謎の白い猿は気にならないわけ? 「そうだったんですね。有難うございます」 「い、いえいえ……」  ご丁寧にも、前に並ぶお母さんにお礼を言われてしまった。  その後二人分のチケットを購入し(わたしの分もレイジが払ってくれた。最初はちゃんと断ったからね!)、桟橋へ。係員によると、出航までまだ二〇分弱はあるらしい。酔っちゃっても嫌なので、まだ船には乗らず、ギリギリまで外で待っている事にした。 「レイジも猿がいると思ってたんだ?」 「いや、事前に調べて知ってたよ。名前の由来になった伝説も含めてね」 「え、じゃあ何で聞いてきたの?」 「あの親子に教えてあげようと思ってさ。ミトカが知らなかったら、俺が披露しようと思ってたけど」  いたずらっぽく笑うレイジは、まるで少年みたいだった。
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