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平穏
私は人の心の声が聞ける。
思考転写と呼ばれる超能力である。
この夏は突拍子もないことが起きすぎた。
情報量過多で泣きそうになったのは初めてだった。友達のおかげ耐えられたが。
まず、その始まりを話そう。
私には当然の感覚と良識が備わっていると思っている。
だから人の心の声が聞けるからって、いじめや好感度調整などはせず平穏に学校生活を送っていた。
そのはずだ。
その日は日直だったので、静かな教室で残って日誌を書いていた。
テスト一週間前で部活もなく、廊下からちらほらと声が聞こえる程度だ。
日直は一人。もう一人残っていた。それが彼、花緑だった。
平穏が崩れる虫の知らせになった。
視界に入る人の心が聞ける。目の前の同級生は、私の名前を思い浮かべて、
『雪夏かわいいな。いつ告白しようかな』
なんでだーっ!
彼、柴田花緑は雑誌で紹介されるほどの天才バスケ少年らしい。テレビでも注目されていたはずだ。
私達は中学二年生。一年生の時に実力、センス、才能が認められたのだ。次代の日本バスケ界を担っていく逸材などと言われていた。
私は彼に対して詳しい訳じゃない。小学校は同じだったが同じクラスになったことはない。中学に上がって一緒になった。
特別彼に優しくした記憶はない。接する機会がなかった。目ぼしい会話、色恋に発展するような話もしていない。
花緑はまた頭の中で言葉を紡ぎだした。
『好きだ。』
突然どうした。理由もなく。
いや、もしかしたら、告白というのは私にに恋愛的好意を示すものではなく、別の意味が……
『柊雪夏ちょー好き。』
ああ、こういう時、心の声が聞こえなければなと思う。
お前そんなキャラじゃないだろ。
『一緒に帰ろうと言わなきゃな。』
ヤバい。私の平穏が壊れる。とりあえず、意識を反らそう。
「ねえ、黒板消しキレイにしといてくれる?」
「オッケー」
『あれ、さっきやってなかっけ……ま、いっか。』
ごめんね。もう一回お願い。
さて、どうするか。花緑は廊下に出た。
黙って帰る訳にはいかないし、言い訳を考えなくては。といっても私は頭の回転が早い方ではないし、そう簡単に案が浮かばない。
とりあえず、時間稼ぎだ。日誌を手早く簡素に書き、教科書をカバンに押し込む。
早くも花緑は戻ってきた。一回やっているんだから当然か。
「ありがと。助かったよ。」
「ううん。気にしないで。」
『今、チャ』
「日誌置いてくるね。じゃ、また明日。」
「また明日。」
相手の思考を遮るのはよく効く。軽いパニックになって、思考が乱れる。心の声が聞ける私だけの特権だが、罪悪感が残る。
私は日誌を持って職員室に向かう。教育実習生らしき人が『中学校、久々だなぁ』などと考えていた。
これで先に帰ってくれたら良し。
待っているんだろうなあ。
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