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「ごめん、もう一回言って。」
「思考転写だよね。」
ヤバい、ヤバい、ヤバい。何故?
ついさっきまで人格移しだと思ってたじゃん!
なんで人格移し以外の能力を知ってるんだ。
「えっと……しこう……てんしゃ……? なにそれ。」
混乱した頭は、どうやら正解に近い反応をしてくれた。
この反応は、人格移しに会った時こういう対応をしようと決めていたものが反射的に出た。
良かった、本当に良かった。
『とぼけた?……そういうこともあるか……因縁がある?……隠した……逃げたか!……脅しに近い何かを抱えているな』
何を考えている。因縁……? 人格移しと思考転写を関連付けたなら、その因縁も知っている?
自分が能力者だと、隠した、いや違う、逃げたか。
もし、ノイズの部分がこうだったら?
脅しに近い何か、そこまで察したのか。
バレた……今の反応だけで……どんな思考してやがる。
心臓が早鐘を打つ。
まだ、察しただけだ。推測であり妄想でしかないはずだ。
証拠もない、確信だって持てない、まだ大丈夫だ。
まだ、福寿亜季は人格移しを探していて取っ掛かりとして思考転写を利用しようとしている、そういう段階だ。
もう少し前向きに考えよう。
私はいずれ人格移しと何かしらの決着をつけなければならない。探すことから始まって、最終的には、見つからないようにひっそり暮らしていくにしたって、この町を出ていくにしたって。
一人では限界がある。
こちらに引き込むことができるのではないか。人格移しと敵対……少なくとも捜索中ではある。
ならば、味方に引き入れよう。
『予想通りなら……私にも運が向いてきたぞ……思考転写を引き込めれば……』
ホラ、向こうもそう思っている。
最初は一緒に帰ろう程度で良いのだ。かちほの作品についてどう思ってるとか、そんな簡単な誘い方で良いんだ。幼稚だって構わない。
亜季は察してくれるはずだ。
友達になろうって……
それで良いのか?
思考転写を使って友人を作って本当に良いのか?
今まで嫌がってきたじゃないか。
例外を作って良いのか?
……駄目だ。
相手がそう思っていたとしても、私は踏みとどまるべきだ。
そういう生き方を選んできたじゃないか。
思考転写という特別な力をに対してのけじめだろ。
私は私の力で、自分の世界を広げてはいけない。
『なんだコイツ……表情だよね……変な奴だな……慎重になるべき……コイツの全容が分かるまでは……』
悪かったな、変な奴で。
私は積極的とは無縁なんだよ。
「飛知和さん……何をしているんですか?」
はっと我に帰った。美術の先生の声に、授業中であることを思い出した。
飛知和かちほは、
「自分の苗字にさん付けとか恥ずかしくないの?」
「鈴木と佐藤に質問しなさい!」
飛知和美恵はかちほの姉である。
「はあ、それは何ですか? 模写をお願いしたはずなのですが。」
かちほの前にある画用紙を見た。木があった。立体的な木があった。
「すご……」
「柊さん誉めないでください。調子に乗るので。」
絵が上手く、影や色によって立体的に見えるのではない。
絵の具を固めて、木の模型を作っていた。
「描けって言っただろ。」
「絵を描いて欲しかったの! どうするの、コンクール出すんでしょ!」
「これで良いじゃん。」
「そうですよ、先生。募集要項に平面絵画とは書いてないですよ。ホラ。」
「福寿さん……どうして、スマホ持っているんですか?」
後ろ手に隠した。
「持ってないですよ。」
すげえ精神力してんな。
「どいつもコイツも、ヘラヘラと……」
「お前だって……」
『未成年の奴から三年近く言い寄られてヘラヘラしてんじゃねーよ!』
それ以上は教員としての体面が保てなくなる!
私はかちほの口を抑えた。
『今日も学校来てるくせに』
え!? 職場に彼氏連れこんでんの!
一瞬気が散って、教室内の心の声が一斉に聞こえてくる。
『何してんだあいつら』『先生、口が悪い』『天才のお守りは大変だな、助けてやるか』
「先生ー、構図面倒なので、題材の写真変えたいですー」
「コラ、ゆとり!」
亜季はどさくさに紛れ、教室を出ていった。スマホを隠しに行ったんだろうなあ。
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