読めない心

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 あの美術室での事件以降、福寿亜季は学校に来ていなかった。  そして今日、登校していた。話しかけなかったし、話しかけても来なかった。心の声を聞いたが『なんで、様子を見るんだよ……ガキは信用できないか……』  もう少し聞くつもりだったが、夏休み前で半日しかなく、終業式中も進路指導に呼ばれたため情報は得られなかった。  帰宅中、ストーカーがいた。 「いつもの記者さん?」  晴香がしろに聞く。しろも花緑同様、各メディアから大注目される天才バスケットプレイヤーである。 「違う。制服が写ってる。」  振り返らず、カーブミラーに視線をおきながらしろが言った。  私は振り返り、電柱の影に隠れた人を見た。手を電柱にかけており、視界に写った。  つまり、思考転写は発動する。 『かちほ以来だぜ、楽しいィイ!』  亜季か。緊張感がないなあ。 「誰だか分かる?」 「福寿亜季さんだよ。」 「かちほがらみか?」  しろ、ごめん、私がらみだ。 「まあ、そうじゃない。次の創作邪魔しないでー、みたいな……仲良くなれそうだな。」 「え? 晴香、どうしたの?」 「オッケー、捕まえてくる。」  しろがカバンを晴香に渡す。 「嘘でしょ。」 『……なんかヤバい気がする……何となくだけど……』  声は聞こえていないはずなのに。素晴らしい直感だ。  亜季は踵を返した。しろが追う。  だがしかし、逃げ切れないぞ。しろの走力は男女含め、学年三位やぞ。ちなみに二位が花緑、一位は山本である。    角を曲がって八秒で帰ってきた。亜季は小脇に抱えられており、膝を擦りむいていた。  問答無用で転んだ奴を、拾った、んだろうな。 『……後五秒あれば家だったのに……そんなことない、逃げ切れたもん……』  ドンマイ。  河川敷の屋根のあるベンチに移動した。 「福寿さん……大丈夫?」  亜季と対面座ったしろが消毒液と絆創膏を差し出す。私と晴香が亜季を挟むように腰を掛けた。鬱陶しい絡み方してるなぁ。 「ありがとございます。」 「さて……どうして、私達の後を追っていたのかな。」 「何故、かちほと仲良く出来るのか気になりまして。あの思考でしょ?」  かちほの社交性のなさを、性格ではなく、思考だと表現するあたりだいぶ理解がある。  私から指摘しないが。 「もう少し、コミュニケーションを取れないと先方の前に出せないのよね。彼女に会いたがっている人は多くてね、そのほとんどがお得意様でね……察して。」 「分かった……」 「それで、最低限私とコミュニケーション取れれば、人前に出ることになっても、サポートできるかなと。天才は変人っていうイメージが日本人にはあるからね、そこは乗り切れる。」 「最低限のコミュニケーションかぁ……」  かちほと仲良くなった、声をかけた理由、あらとあらゆる集団から離れようとしていたから。私と晴香はそうだった。  しかし、しろは分からない。しろとかちほは親同士が幼なじみという関係性らしく、互いに親戚という感覚だったらしい。    しろが躊躇いがちにこちらを見た。言いづらいことなのだろう。こういう時いつも私が助け船を出していた。口が動かなかった。  心を覗いて、それは言うべきだと思った。たぶん、亜季にも伝わる、なんだったら亜季の方が私より深く理解を示してくれるだろう。  万人には伝わらないのを、しろは分かっていて躊躇っている。 『言いづらいな。こういうのはクサイとかイタイとか自意識過剰とか言われるんだろうし。  ドン引きされたら嫌だな。晴香と雪夏から嫌われたくないし……助けて、雪夏!』  分かってはいた。助けて、本心からの言葉が聞こえると思わず手を差しのべてしまう。  本心の言葉を成長のためと無視出来るほど私は非情でも大人でもなかった。  それでも黙った。無理やり、言いたいこと圧し殺して黙った。  しばらくの沈黙を晴香が破った。 「そういや、かちほが誕生日忘れてた時結構ショック受けてたよね。何かあったの?」 『今だ、追い付くのは。みんな大人になっていく、私も大人になりたい。雪夏みたいに』  ごめんね、私は大人じゃない。 「ああ、それか……そうだね。先に私の話しをするよ?」  亜季は頷いた。 「昔は、晴香と雪夏が色々と誘ってくれなきゃ私にはかちほしかいなかったんだよ。  私はずば抜けて運動神経が良かったからね。褒められて、誉められて、ある日自分の価値に気づいた。他者を圧倒する才能があるんだって。その自己評価は間違っていない。プロは流石に厳しいが、同年代であれば最強の一角だよ。」  女子バスケットボール部は全国大会四連覇を果たした、疑いようもない最強である。しろは一年でレギュラーになり、全国の決勝戦で一試合最多得点記録を更新した。  嘘のような結果を残してもなお、しろは自分と同格が存在していると理解している。 「自己評価が高くなればなるほど、周りを信用出来なくなる。私がパスを出すより、ドリブルを選択すれば得点に繋がりやすい。  それでもパスするのは……見下しているから。バスケを楽しんで欲しいっていう上から目線の小バカにしたような、感覚があるから。  最低だよねチームメイトを見下しているなんて。」  ため息をついて、 「ごめんね、私ばっかり話しちゃって。で、えーっと、かちほか。  かちほが欲しているのは、自分達を納める枠というか線引きをしたいんだと思うよ。  分野が違うとはいえ、同じ孤独を持ってたから。  でも私は下を見ている。チームメイトのため、仲間のため、みんなのため、そう言って周りに合わせている。パスを出すたび、かちほの線引きから出ていっている気がする。」  だから誕生日を忘れられショックを受けたのは、かちほの線引きから外れてしまったという悲しさだったのだろう。  残念ながら完全な被害妄想だ。  話し合えば解決する。  亜季の反応を窺った。 『孤独か、私にはないな。』 「ごめんね、話しがとっちらかっちゃって……要するに線……孤独と寂しさと向上心を埋められればなんとか仲良くできるはずだよ。」 「孤独と寂しさと向上心……それで線引きをしてるってことだね。ありがと、凄い参考になったよ。」 『直感でどうにかなるか……かちほ相手に理屈が通用する訳ないし……やっぱり私としろじゃ感覚が違い過ぎる……思っていたより感覚派だったね』 「ごめん、一回家帰ったらまた部活だから。また明日。」  熱中症対策で外での練習が出来ず、体育館も他の部活が使用中のため、3時以降からバスケ部の番が回ってくる。 「私も家族で彗星観賞会があるからごめん。」  しろも晴香も帰ってしまった。  二人の心の声を聞いておくべきだったなと後悔した。    さて今日の本題だろう。亜季と向き合う。言葉という真剣で斬り合う覚悟はしてきている。  さあ、かかってこい。 「悪い用事がある。また、七時頃ね。」 「お前は残る流れだろうがぁぁあ!」    
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