潜入

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 階段の下からの人を探る声。望遠鏡の架台の影に身を潜めた。亜季が腕を引っ張ってくれなきゃ、固まって姿を見られていたかもしれない。  ピンチ……じゃないチャンスだ。  ここに来たということは、人格移しである。あんな恥ずかしい日記を放置しているのだから、自分以外立ち入らないようにしているのだろう。  今、奴を視界に入れられれば、人格移しに思考転写は通用するのか、素顔だって、何を目的にしているのか、確かられる。  顔を出そうとして、肩を押さえられて止められる。 『バカ! もし互いに能力が効かなかった場合どうするんだ! 人格移しは思考転写だと断定できる。向こうは思考転写の顔も住所も握ってんだぞ!』  亜季の形相を見て、頭が冷えた。元々頭に血がのぼっていた訳じゃないが、リスクを選ばず脱出を優先するべきだと実感した。   「おい! ここに来るなと言っただろ。」   『逆に言えば、普段付きまとっている人が、護衛みたいなものか?』  階段を上がりきった。架台の裏に隠れている。ほんの少しでも姿を見られてはいけない。思考転写と同等の能力ならば、指一本で人格移しをかけられ、操られる。  私達なら大丈夫か? いや、駄目だろ、効かないのと耐性持ちだ。不自然さで気づかれる。 「なぁ、出てこいよ。」  亜季のリードで、人格移しの真反対を進む。音を殺して、ゆっくりゆっくり。 『二歩行ったら、走るよ、音出すなよ。』  ああ、架台がでかく、私たちの姿を隠してくれる。真反対にいるのであれば、階段まで視界を遮るはずだ。 『さあ』  走る。振り返りたくなるのを押さえて。  階段を駆け降りる。音を立てずに。  降りきった。    足音が上から響く。廊下に出て、 『ちょっと離れて』  先ほどの紙束の部屋の扉に向けて何かを投げた。凄まじい破裂音を轟かせた。 『行くよ。』  脱出しても、走り続けた。  人の多い通りに出て、ようやく歩いた。足が長い階段を上って降りて、音を出さないようにいつも使わない筋肉を酷使した結果、立っているだけ辛い。 「亜季は大丈夫?」  平然と歩くので心配になってきた。 「ねえ、どっちだと思う? 偶然来たのか、院瀬見の奴が命じたか。」 「偶然じゃないの。院瀬見さんが命じたって、いく日伝えてたの?」 「明後日って。」 「なら、人が行くから、予め片付けしとけって、人格移しに言ったんじゃない。あの日記じゃ……他人に見られたくないだろうし。」 「あの性格で……? 来て欲しくない、誰の出入りも認めていないなら。当日、現場を押さえた方が効率的。」 「前提の誰も入れない、コレがおかしいよ。あの巨大な望遠鏡は大学、製造年代次第では国で管理するレベルのものだよ。望遠鏡を使う、たぶん貸し出して管理費を稼いでると思う。」  ただそれでも最新最大の望遠鏡を使った方が便利だろうし、快晴率が高い訳でもない、こんな所を選ぶ理由が分からない。  個人で所有しているなら羨ましい。 「そうか……そうだよね。情報が少なすぎるか。」 『あー……』 「あと……ごめん。私の作戦ミスだ。」 「謝るのは私の方だよ。私が大声でツッコミしなければ……」 「逆だ、あれがあったから人格移しが声を出してくれたんだ。それに人格移しはそれほど頭が良い訳じゃない。施錠してある扉に錠がなければ誰かいるのが分かっていたはずだ。それでも確認を取った。向こうが間抜けだった。それだけ。  そうじゃなくて、出た時、南京錠で閉じ込めてしまえば良かったんだ。」 「お前……それは人道に反してるよ。」 「でも話し合いはできた。扉越しに。私達が優位で事を進められた。千載一遇のチャンスだった。……ごめん。」 「チャンスならいくらでも……亜季大丈夫?」  頭痛らしく顔を歪ませ、こめかみを押さえていた。  遅れて私にも同様に痛みがはしる。 『さすがに、全員は操れねえか。』  人格移し……!  周囲には同じように頭を押さえる。数人は状況を理解しようと首を動かしていた。 『こちらも計画の準備で忙しい。終わったらパーティに招待してやるから楽しみにしておけ。思考転写。』   痛みが引いていく。ようやく解放された。  最後に思考転写と言い残したということはバレているということ。  どうやって? 脱出のさい、人格移しを受けたなら先ほどの頭痛があるはず。だいたい人格を移すだけの能力のはず。記憶を覗く力はないはず。ていうか、約二十数人に能力をかけられるはずがない。日記には二人が限度と書いてあったはずだ。  そのはず、ってその前提が現実と異なっている。 「……ごめん。」  亜季は今にも泣きそうな悔しいそうな声で呟いた。  次の日、亜季と得られた情報の整理と推理をしようと約束し、河川敷の屋根のあるベンチに向かう途中、薄い人に出会った。同じくらいの背丈だった。  陽炎ぐらぐらと暑い日だ。  車通りの少ない、一車線の向こう側。  薄い。ホログラム? というのだろうか。  目があった。薄い人は首をかしげた。私も首をかしげた。  私と薄い人の間を一人通った。車道のど真ん中を歩く。 『半日も休みぃいい! 脳汁出ちゃうぅうう! ギッモッジイイイ!』  真顔だった。ああ、これが社畜ってやつか。  もう一度、薄い人を見た。そこにいた。 「あのもしかして見えるのですか?」  ヤベ、話しかけられた。  ん?   ホログラムに? 「私幽霊なのですが、助けてください!」 「なんでだぁあああ!」      
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