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私たちはひとまず移動する事になった。
河川敷で続きを話すのはなんとなく躊躇われた。
移動先は亜季の家だった。元々情報の整理をしたら、すぐ帰るつもりだったらしく、家の手伝いをすると約束していたそうだ。私も労働力として進んで付いていった。
今の状態で三人……幽霊を含めて、離れるのは後々悪い結果を引き寄せることになる気がした。
亜季の家の敷地の広さに疑いをかけた。
「マジ……?」
「車庫行ってて、帽子くらいは用意するから。」
そう言って指差された小屋で涼むことにした。瓦を乗っけた古風な塀がぐるっと囲んで、二階建ての日本家屋と平屋があって、その間を真新しい廊下が繋いでいた。車庫の窓から見える、恐らく三階はあるモダンな住宅。車庫の中を見渡すと階段があった。どうやら、倉の一階の壁を壊して増設し改築したらしい。階段に腰をおろした。
庭の中心に車が止まっていた。
あの時、亜季は珍しく、声に苛立ちを含めていた。心の声にすら、あった。
正直、亜季の鉄面皮が羨ましかった。思考転写は他人の感情の影響を受けやすい。苛立っていれば、私の心はささくれて。怒っていれば、沸々と怒りが押し寄せてくる。
役者が泣いているれば、自分もそんな気分になってしまうのと同じだ。同情するのだ。
亜季の精神は自立していた。隔絶してるとまでは言わないが、理性で自分を律していた。自分の深いところに他人、甚平さんの人格があるからこそ動じない心を持っているのだろう。
それを揺らして見せた真衣は何者なのだろうか。亜季は芯の部分ではぶれていなかった。相手を煽り失言を狙い情報を集める。それでも、思考転写をした限り、今まで聞いたこともないような感情が発生していた。
亜季が戻って来た。コップと帽子を手渡して、
「車洗うの手伝って。」
言われるがまま、ホースを持った。
一段落して、また先ほどの階段に座った。
「あの幽霊は何者だと思う?」
私は亜季の推理を聞いておきたかった。真衣は日なたで太陽を見つめていた。幽霊には眩しいという感覚はないのだろう。
「……最悪かもね。」
先ほどから、甚平と話しているようだった。しばらくの沈黙の後、
「人格移しの想い人ってどんな人だと思う?」
「大人の女性じゃないかな。あの日記しかないから、感覚的にだけど。」
「想い人が幽霊だったらどうする?」
確かに、幽霊がこちら側にいるのは非常にまずい。考え得る最悪の一つだろう。
人格移しの言っていた連日の件、それが幽霊が逃げ出したってことなら?
あの日、巨大望遠鏡の所に来た理由が幽霊なら、どうだ。
「ありそうだけど、矛盾点が多いよね。院瀬見一雄の孫だから、鍵を受け取れる、でも幽霊だから鍵を持てない、とか色々。」
「そうなんだよねー。院瀬見一雄は孫が幽霊になってるって知ってるのか。
……ていうか幽霊服来てるんだよな。」
「そういえば……あれって、制服だよね。どこの中学か分かる?」
「確信はないけど、なんとなくならね。」
「……花味覚しの実験場は見つかると思う?」
「見つかる。」
短く返ってきた言葉にはやり遂げるという強い意思がこもっていた。
「私は実験場を探すより幽霊を手伝ってからの方が良いと思う。」
「それ、口にする必要ある? 黙って思考転写で誘導すれば良かったんじゃないの。」
「今ここで理解し合えなければ互いが互いの足を引っ張り合うよ。」
「断言するんだ。」
「……するよ。だから真衣と向き合って。」
「……善処する。」
本当にするのだろうか。ノイズの多い亜季の心は行方知れず。
……祈っていようか。
「幽霊の話に戻すけど、願いを二つとも変えてあげられると思う?」
「友達を探すのは、運次第だろうね。この町に根付いている院瀬見家なら、市内を幽霊を連れて、特に中学校周辺を散策すれば良いだけだし。もし、県外とかになったら、私たちの力じゃ難しいけど。
花のブローチは見つけなきゃダメだろ。」
「友達なら、どうにかなるかもしれない。」
「奇策でもあるの?」
「いや、そうじゃなくて……たぶん私は以前、真衣に会ったことがあるはず。」
「幽霊を見たことがあると。」
「生きてた頃に。」
ふらっと幽霊が近寄ってきた。
「暑いですね。」
「そうですか。」
亜季は、
「花のブローチってどんな形してた?」
「花の形。」
『あー、イライラしてきた。』
「コスモスの花の形をしてなかったかな?」
「ああ、そうそう。そんな感じ。」
幽霊は他の物には触れられないが、地球外物質の一つを触れることが出来る。
逆に言えば、地球外物質だけに反応するのは、幽霊自体が地球外物質である証拠になるんじゃないか。
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