探し物

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 車を洗い終わって、亜季の部屋に上がった。日本家屋側の二階、窓から道路が見える敷地の端の部屋だった。 「ねえ、亜季。これからどうする?」 「手分けしよう。私が花のブローチ、雪夏が友達を探して。」  最適だろうな。人を相手にするなら思考転写は凶器だ。確実に仕留めることが出来る……最近あの手この手で逃れている人と良く出会う気がする。 「真衣、友達の名前教えて。性格も。」 「柏木千夏。性格は、見た目通り気弱そう。だから、私が殺しに手を染めてしまったことを自分のせいだと思っているはず。」 「罪意識に押し潰されそうになっていると。」  ひとまずと、亜季は手を叩いて、 「その辺の詳しい情報は私が調べてそっちに送る。後、一週間の休暇を出す。」  疑問を挟む前に、 『一つ一つこなして、幽霊の出方をみたい。コイツは絶対何か隠してる。』 「私が必ず花のブローチを見つける。」 「分かった。」  真衣が、 「一人が休むくらいなら、二人で探した方が良いと思いますけども。」 「はぁ……友人と約束があるんだから、仕事入れるのは可哀想でしょ。」 「ごめん。」 「あれ何で知ってるの?」 「かちほに締め切り指定したら、流星群の日はやめてって言われた。」  あらやだかちほさん泣かせるじゃないの。あんなに他人に興味のなかったかちほが友人との約束を大事にしてるなんて。 「今日は帰って良いよ。真衣はこっちに居ろよ? 話たいことがある。」 『忘れるなよ?』  彗星はそれぞれ家族や部活の仲間と見て、流星群の方を四人で観測しようという話になっていた。場所は晴香のおばあちゃん家。毎年、長い休みはそこでお世話になっている。  流星群が活発になる日まで猶予がある。  亜季は今の内に調べろ、という指示だろう。午前に真衣を尋問したらしく、昔の住所が分かった。さらに、幽霊の着ていた制服も特定できた。  両方とも晴香のおばあちゃんの家から近くだった。  亜季は制服を見て分かっていたのかもしれない。だから休暇と言いつつ、私だけを向かわせる気だ。  真衣を残す理由、なんとなく、分かる。亜季にとって大切な成長につながる気がする。  私はベットに横になった。今日は曇りでじめじめとしているが、窓を開けていれば凌げる暑さだった。遠くの雨の匂いを風が運んでくる。  生前の院瀬見真衣との出会いを思い出していた。  出会いと言っても電車の中で一方的に思考転写をかけただけだ。  当時五歳の私が電車に乗っていたのは、晴香と口喧嘩したからだ。言い負かして、晴香が大泣きして、逃げ出した。思考転写をふんだんに使って、そりゃもうコテンパン言った。  まだ思考転写に対して、それほどの危機感を持ち合わせていなかった。親の教育のお陰で最低限の道徳観は備わっていても、やっぱり自分にしかない力は奮いたくなる。才能の一つと思っていたのだ。足が速い、反射神経が良い、勉強が出来る、その類いだと。  喧嘩なら反射神経が良ければ、相手の拳を回避し、腕力があれば、一撃でノックアウトできる。  そうんな風に思考転写を使用していた。  泣き出した晴香を見て、思った。  私は間違っていることをした。  どうして?   口喧嘩の内容は覚えていない。  ただ、その時の晴香の顔が忘れられなかった。    私は間違っている? 何が? どうして?  間違っている? 間違っている? 間違っている?  逃げ出した。私は間違っていないと。  どうして駅に向かったのか。思考転写にとって人の多い所は行くべきではないはずなのに。  その時は、「私を肯定してくれる人がいるはず」  思考転写は本心を聴く。心の底から受け入れてくれる人がいるはずだ。  改札を無視し、駆け込み乗車をした。  危ないことをしたと反省した。ここまで全力で走ったせいで呼吸が苦しく、息を整えている間に冷静になった。  何をしているんだろう? 思考転写は考えていることを読むだけ。駅にいる人に話しかけなければ、人は考えてくれないし、肯定してくれないのに。  ぼんやりとゆっくりと景色が流れていく。  人が二人居た。私と同い年くらいの子。  片方は泣いていた。片方が慰めていた。泣いている子は、 『私のせいで……私のせいで……人を……』  慰めている子は肩を抱き寄せて、 『大丈夫だから、私が恐怖を全部壊したから。私があの人を殺したから。』    彼女たちは声にしなかった。幼いながらにも分かっていたのだろう。凶行の意味を。音にしてしまえば現実だったと、目の前に幻影が見えてしまうから。  私は思考転写で聴いていた。何を言っているんだろう? 人を殺した? 冗談だろうな。  電車は止まった。扉が開いた。降りた。空気が抜ける音がした。閉まった。  そこでようやく気づいた。  私は今、あの子達を見捨てたんだ。  思考転写という本心を知れる力を使って、それでもなお疑った。  ああ、そうか、私がこの時の出来事を認めたくなかったんだ。いまだにこの能力を使っても疑念を抱くんだ。  私は間違っていないと、他人の心を否定する。  耳を塞ぐ。強く、何も聞こえないように。    お母さんが力の意味を説いた理由を、おばあちゃんが力の使い時を説明した意義を、人を見捨てて理解した。      もし、あの時相談に乗ってあげられれば何か変わっただろうか?  何一つ、変化せず、真衣は花味覚しに遭い、千夏は塞ぎ込んでいるだろう。  違うな。結果は変わらなくとも、向き合うべきだった。  その価値を知らなくちゃいけない。  体を起こした。  なんとしてでも、柏木千夏を見つける。私のためにも、千夏のためにも、真衣のためにも……亜季のためにも。
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