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ああ、やっぱり。花緑は校門前で待っていた。
私は下駄箱で靴をとりながら、横目で見る。足が重い。
別に嫌いなではない。好きという感情もない。
目立つ。
これ以上の理由はない。私の性格的にも能力的にも、目立つと疲れるし辛い。
正確には辛くなるかもしれない、程度だ。
私の能力は視界に納めた人だけだが、お母さんは自分を見ている人間の心の声も聞けるようになっているそうだ。
その能力が覚醒したのは中学生の時だったそうだ。
だから、目立つと辛くなるかもしれない。
こんなことを心の中で思っていたところで、他人には伝わらない。口にしたって、現実と空想の区別がつけられないヤバい奴と思われる。
さて、その場所にいられると言い逃れはきつい。
しょうがない。開き直れ。
私の稚拙な弁論で乗り切れ。
花緑の頭の中は、
『一緒に帰ろう? 一緒に帰りませんか? 一緒に帰ろうって嫌かな?』
帰らないぞ。
花緑に近いていく人影があった。私の力はあくまで心の声を聞く力、言葉を頭の中で紡がなければ聞くことができない。
静かな校門前なので、その人影の声は響いた。
「花緑! 聞こえてる?」
花緑の脳内は、
『来たところをさらってお姫様抱っこで駆け出すか!』
やめとけ! 早く離れよう。
誰だか知らないが助かった。チャンスだ、横をすり抜けよう。
私の能力は強制だ。
『セツカさんだっけ? セツナさん? ゆきなさん? 雪夏っていう字面は覚えてるけど。取り敢えず、』
「柊さん。」
早足になったところで肩を叩かれた。花緑に声を掛けた人物ではなかった。
「ゆきな、帰ろ。」
晴香はキャリーケースを引いていた。晴香の心の声を聞いた。
『あれ? 天才バスケ少年の花緑と……足の早い山本だな。何してんだ。』
晴香マジ助かった。
私は花緑と山本を見て、断ろうとしたが、山本の心の声が、
『げ、晴香じゃん。』
晴香、何かやったのか。
山本が、
「晴香、そのキャリーケース何?」
「かちほが石膏持って帰って来てだって」
花緑が誰かわからないようだったので、山本が、
「柊さんと晴香と城山とかちほさんの四人でよく集まってるだろ。グループ作れって言われればこの四人が一緒だろ。」
『お前、柊さん好きなのにその交友関係知らないのか。』
花緑は納得したのか分からないのか曖昧な呻き声を出した。
山本が、
「石膏って美術の備品じゃ。持ち出していいのか」
「残念だったな。山本。これはかちほの作品だ。精巧な石膏」
「何でダジャレ言った?」
そう言ってキャリーケースを開け、石膏の顔を二人に向けた。私もそちらに回る。
「ごらん」
と晴香は石膏を開けた。縦に真っ二つ。目と目の間、鼻頭を通って、口も真っ二つ。
気味が悪い。精巧に人の顔の中身が作られていた。目をそらした。
男子達は感嘆の声をあげた。花緑が、
「触って良い?」
「ダメ。触っただけで壊れる気がする」
「確かに……」
伸ばしかけた手を引っ込めた。
晴香は慎重に石膏をキャリーケース戻して、
「じゃあ、私たちはこれをかちほに届けないので、さらば」
私は、
「また明日ね」
ずかずかと歩く晴香に小走りに追い付く。
ちらりと花緑を見た。
『あれ? 』
その時、山本が花緑に肩に手をかけた。
『やめておけ。お前みたいな有名人が分かりやすくアピールすると、女子達は柊さんに嫉妬する。いじめの対象になるぞ』
花緑は視界に入れないようにした。なんとなくだが、聞かない方が良い気がした。
それからかちほの家に呼吸する石膏を届けた。
かちほの家に着いて、ドアに自転車盗難防止用のチェーンが掛かっていた。くしゃくしゃば張り紙に達筆な字で、
『今、家、いない。繋げて。』
いつもの事だ。空き巣に入られるから文言変えろと散々忠告しているが、そのままだった。
お前ら以外にこの字は読めねえよ、という言い訳を四年近くしている。
晴香はなれた手つきで、張り紙をキャリーケースに押し込んでからチェーンに繋いだ。
かちほの家は私たち帰路の途中にある。
しばらく行って、晴香とも別れた。目を擦っていた。私は、
「勉強してね。」
「うーん。」
する気ないな。今は何も考えていないようで、心の声は聞こえなかった。
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