探し物

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 流星群の日、まずかちほのキャンピングカーに向かった。午前部活だった二人は少し遅れるそうで、かちほと二人っきり。 「お邪魔します。」 「適当に座って。」  落ち着けるスペースなんてないだろ……    何!? パイプ椅子が用意されてるだと!  どうしたんだ。 「体調悪い?」 「何で?」 「なんとなく。」 『大丈夫か?』  私は三日分の着替えを詰め込んだ荷物を端に寄せ、おとなしく座ることにした。  足裏にがさついた感じがあったので、指でなぞると木屑が敷いてあるようだった。壊したのか作業途中なのかはわからない。  昔、掃除をしなさすぎでマスクが必要になってしまうほど呼吸がしずらくなり、集中力が落ちたということで掃除だけは絶対にするようになった。部屋やキャンピングカーのなかで木を削ることはないと思うけど、 「何かあった?」  私が指をこ擦り合わせているのを見て、 『ああ、掃除してないって言いたいのか。こっち見ながら言うんだよな。普通指先や床、部屋全体を見渡すはずだけど。  それ以上に人を観察した方が得られるものがあるのか?』  かちほはグッと顔を近づけても発声しない。 『やっぱり視界が一つ違う。目に映す世界がズレているのか……上だよな。その無表情に何を隠してる?  ……そもそも私は何で雪夏に執着するんだ。今までだって、届かないものはたくさんあった。  何だ? 難しいな。心を惹く何かがあったはずだ。その無表情の奥に美しい何かがあったような。』 「かちほ、大丈夫?」 「ああ……ごめん。」  作業用の椅子に戻ったかちほはまだこちらを見ていた。居心地が悪い。キャンピングカーの中には逃げ場がなく、視線だけ泳がせた。  一番近くの机の上、作品が飾ってる中に指があった。 「触って良い?」  乾かしているかもしれない。 「良いよ。」  長さ的に中指だろうか。切り落として剥製にしたかのような精巧な作りをしていた。 「切った?」 「そんな訳ないでしょ。」  手の甲を向けながら指を広げていた。切り傷が増えていた。  この中指の下部にリングがついてあった。 「名前なんて言うの?」 「アルティメット中指。」  アルティメット中指を装着した。本来の中指に九十度先に、アルティメット中指がそびえ立っている。  拳を握るとアルティメット中指は立ったままだ。  中指が立った!? 「ナニコレ。」 「アルティメット中指。」 「ナニコレ。」 「アルティメット中指。」 「何でこんなの作ったの?」 「亜季に頼まれて、商品化しやすく、売れる作品にしてって。  現代社会なんて中指を立てたくなることばっかりだから。大衆感情を代弁しつつ、中指を立てることをより簡易的、でもどこかおちゃらけて軽く表現した作品。」 「まあ……見たら笑うけども。審査? 通ったの?」 「却下された。」 「そりゃそうでしょ。」 「売れるよね?」 「売れるとは思うよ。」  甚平のこともあるし、そういう表現は好きじゃないんだろうな。 「でも、簡単に死ねと言える世の中は問題あるよ。」 「何で?」 「簡単に命を吐き捨てることができるからかな。刃物は物理的に、言葉は精神的に命を奪う。もちろん、精神がどうなろうと心臓の鼓動が勝手に止まる……まあ、滅多にないでしょ。昔はね。  でも文明が進むにつれ、命を捨て易くなったでしょ。ビルの屋上、快速急行のマックス速度、刃物、縄。大量生産に追い付くために命の価値を軽くしてる。」 「大量生産やめれば、命の価値も高騰する?」 「高騰すれば、無価値が生まれるだけかな。大量生産で価値を軽薄にすると同時に、言い方良くないけど大量の命に価値を与えている……保証しているって感じだね。  大量生産っていう印象に騙されちゃダメだよ。  価値より本質を見つめるべきだよ。本質を高めれば価値は高騰していく。そんなものだよ、世の中って。」 「ふーん。」 『本質……人……本心……』  途端、暗闇に落ちた気がした。深い思索に飲み込まれた。かちほの意識が乱雑に聞こえて自分が求めるものを探し始めるている。  捕らえられない複雑な音、聞き分けるられそうで何重にも聞こえる。そうであってもその音に聞き入ってしまう。夢中になって魅了され、ずっとずっと聴覚を支配する。  現実の音が響いて私は目を反らす。私には眩しかったのか瞬きを数回して首をふった。  何かに集中している人に聞こえる、暗闇に落ちたような独特の音。これはかちほの他にしろも発音させるときがある。練習やバスケの試合、一瞬だった。終わって、大歓声に包まれてそのプレーが凄かったのか伝わった。運動を得意としない私には歓声が指標だった。    物事に没頭する人達にはある夢中の音だ。 「おーい行くぞ。」  しろの声が鼓膜を叩く。顔を覗かせると、驚愕した。 『雪夏が……雪夏が……究極のボケ道具アルティメット中指を装着しているだと!? 雪夏がボケをしているだと!? 微笑む以外表情がない雪夏が、反応も微笑むだけの雪夏が、自分からボケもツッコミもしない雪夏が!?  突っ込まねば……雪夏一生に一度かもしれないボケだ! ツッコミをしなければ!!』  急いでアルティメット中指を外した。 「ちょっとしろ変なとこで止まらないで。」  晴香が言った。 「……ごめんな……雪夏。」 「えっ、何が?」
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