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晴香のおばあちゃん家に着いた。市の外れ、バスを乗り継いで、山の麓で山頂付近の木々から風にのって梢を吹き下ろす。積乱雲が奥にそびえて、山脈と重なる。思わず声が出る。
「雪夏置いてくよ。」
しろが言った。
『雪夏って自然とか好きだよな。』
「おばあちゃん、来たよー。」
「あらあら、良くきたね。さ、上がって。」
「お邪魔します。」
三人揃って言う。勝手知ったると晴香がずかずかと行く後ろを着いていく。
「後でお茶取りに来てね。」
「りょーかい。」
いつもの部屋に着いて、各々荷をおろしてくつろぐ。二階の畳の大部屋、窓から山が拝める。私は座椅子を移動させそこに腰をおろして、午後の風を浴びていた。かちほはスケッチブックを取り出して次の作品のイメージを固めているようだった。しろと晴香は飲み物を取りに行った。
窓から晴香のおばあちゃんが見えた。
毎度、長い休みはここでお邪魔しているため、どうしても思考転写をかけてしまう。迷惑じゃないかという話になって、ちょうど心を覗いた。「良いのよ、孫の顔が見れて嬉しいんだから。」口ではそう言った。『いつ見れなくなるかわからないからねぇ。』
花味覚しの被害者に晴菜がいる。それはあまりにも唐突の別れだったのだろう。
もし、晴菜が幽霊に成っていたら私は引き合わせたい、会わせるべきなのだろうか?
晴菜に限らず被害者遺族に幽霊を見せるべきか。質の悪いいたずらだと思うか、それとも感謝されるのだろうか。
幽霊っていう印象は最悪だろう。
二人が飲み物を持って来てくれた。かちほは空返事。私も一声かけただけでまた外に視線を戻した。しろは宿題を始めた。晴香もスケッチブックを出して続きを書き始めた。
私たちは一緒にいるからって、常に会話を続ける訳じゃない。それぞれが居心地の良いペースを守り、それがキレイに噛み合った。そういうグループだ。
晴香は何度も消しゴムを手にしたりシャーペンに持ち替えたり、悩んだ末かちほの方を向いたが、
『もう少しがんばろ。』
晴香は絵を描くのが好きだったが、かちほの影響を受け趣味の領域だったのが本気で取り組むようになった。
かちほの専門分野は彫刻だが、絵も描いている。彫刻をやっているせいか物の特徴を良く捉えていると小学生のコンクールでそんな誉められかたをしていた。
晴香にかちほのような才能、評価はなかった。晴香からかちほ、しろのような夢中の音が聞こえたことはなかった。私が見ていない時に夢中になっているかもしれないが、おそらく違う。
晴香のしたい事、表現したい事と手段が噛み合っていない。あくまで私の推測だし、それで人を推し測ろうだなんてずいぶんと傲慢な話だ。今後、絵に夢中になる、そのきっかけが来るかもしれないのに。
思考転写は勝手に人をパターン化し、当てはめる。実際そこら辺の心理テストより正確ではある。まあ、私は他人を分類できるほど長く生きていないが。
死ねば良いのに言われてから思考転写と向き合う時間が増えた。いや、あの時柏木千夏と院瀬見真衣を見捨てて逃げ続けていただけだ。
本来はもっと考えるべきだったんだ。自分に好感が向いてこなければ、使用して改善するという曖昧な線引きをしていたのが問題だった。
これからどうするべきなのだろう。今までのように逃げるか、使わないか、ふんだんに使うか。
答えは出るだろうか。千夏と向き合えば、花味覚しに向き合えば、人格移しに向き合えば。
気づけば夕日が部屋の中をオレンジに染め上げていた。本当に何もしていなかった。スマホをいじる訳でもなく宿題をやる訳でもなく。悩んでいたような気もするが、うたた寝していたような気もする。
「じゃあランニング行ってくる。」
「夕飯前には帰って来て。」
「分かってるって。」
しろは涼しくなるこの時間に走りに行く。日課だそうで、スッゴい遠くまで走っている。しろに位置情報を付けたスマホを持ってもらって皆で実況したことがある。二十キロ、三十キロは走っていた。
「私も散歩に。」
「ほーい、二人とも遅れないでね。」
おばあちゃんが私たちと食卓を囲むのを楽しみにしているためである。
家主に一声かけて出た。しろとは反対に向かった。人のいない、自然の音を頼りに、気ままに歩く。いつもならそうした。
峠を越えて隣町を見下ろす高台に来た。黄昏時を町は受け入れるように静かに染まっていく。
ベンチに座った。
この町に柏木千夏がいる。亜季曰く明日が登校日だそうだ。どうやって調べたんだ?
降りて千夏のいる中学を目指そうとして、
「あれ? 雪夏?」
「柴田花緑……」
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