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『何で、フルネーム? いや、どちらにせよ……ラッキー!』
「こんなところで会うなんて奇遇だね。」
「そうだね。」
まずい、まずい、まずい。登校日まで会う機会はないだろうと対応を決めていない。
花緑は私の座っているベンチの隣のベンチを選んだ。さすがに相席は避けた。
「何してるの?」
とりあえず、先手を打ち主導権を握ってしまおう。
「ランニング……最近、熱中症対策で外で練習出来ないから体力有り余って仕方ないだよね。だから、いつもより遠くに来て。」
『そしたらまさか、好きな人に会えるなんて!』
んー、ごめん! 私は会いたくなかった!
「どのくらいの距離走ってるの?」
「えー、あっちの……あれ。」
「自然公園みたいになってる公園?」
「そう、それ。そこ、一周してこっちは視察かな。」
「視察?」
知らない大人の愚痴が聞こえた。
「あー、疲れた。何で完成してないのに、取材しに行けとかおかしいだろーがぁーよぉーおお。」
私が降りようとしていた階段の方から姿が見え、こちらに気づいた。
「あ。」
『やばああ、いないと思って大声出しちゃったじゃないかぁあ。恥ず……』
「って、柴田君?」
「佐々木さん……」
『邪魔しないでぇええ!』
どうやら知り合いらしい。佐々木さんと呼ばれた男性は花緑の隣に座った。
「いやー、こんなところ柴田君に会えるとはなぁ。もしかして見に来たの?」
「まあ……そんなとこです。」
『お願いだ! 帰ってくれぇええ! 雪夏が帰っちゃうだろうがぁああ!』
必死だな……そうか、チャンスか。
去らば、花緑!
「ところで、二人はご学友かな?」
ぐっ……こっちを巻き込まないで。
「同じクラスの人。」
「名前は……そうだ、僕が先に名乗るべきだったね。僕は佐々木浩太郎。スポーツ雑誌で記者をしてるんだ。」
そう言って名刺を差し出して、
「僕はバスケットボールを担当してるんだけど、知ってる? 今この地域の中学バスケが熱いんだよ。その中心が柴田花緑ともう一人……は学校違うから知らないか。彼ら二人はほんっと天才だよ。中学生とは思えない身体能力。百発百中のシューターである柴田君のあのクイックよ。えぐっいんだよ。パスをもらったと思ったらボールがリングをくぐってる。あの技術、あの速度はプロレベル。あとディフェンスだよこの子のすごさは。中学生一年生でゾーンディフェンスの中央に立ってそれはもうまさしく鉄壁。カットし、そのままスリーポイントラインまで一気に、彼は足が速いから追い付けないまま、スリー。速度を極めたあのプレーはスッゴいよ。」
すごいっていう単語がすごい多いですね。
ごめんね、私スポーツ得意じゃないからあんまりすごさが伝わらない。判断基準が夢中の音だけの運動オンチだから。
「佐々木さんそろそろ。仕事あるんでしょ。そっち行ったら?」
『お願いだから早くどっか行ってくれ! 興味ない奴に熱く語ってドン引きされるだけだろ!』
「終わったよ。ほら新設されるバスケットコートとその周辺の店を取材して来いって。」
「はあ。」
花緑はため息をついたのを佐々木は、
『疲れている……心労……そうか! この子が柴田君の密かに想いを寄せる子か!』
やばい。無理やり切り上げて逃げるか?
このまま帰ったら花緑は佐々木さんを恨むかもしれない。
しょうがない。付き合ってやろう。
『例え天才であっても柴田君も青春したいよな。分かる、分かるよ、うん、分かるとも。いつも取材に協力してもらっているからね。お兄さん頑張っちゃうぞ!』
うっわぁあ! 張り切らなくていいから。めんどくさ過ぎるだろ。
「ところで、二人はなぜここに。もしかして二人で流星群観たりするかな?」
「いえ、私は散歩に来ただけで、流星群は友人たちと観測会することになっています。」
「そっか、流星群? 彗星? 明日も観れるらしいけど、それは?」
「それも友人と観る約束をしています。」
『ごめんね、お兄さん役に立てなかったよ。』
「せめて、学校内での柴田君の様子を教えて。」
花緑か、あんまり凝視していないので詳しいことは言えないが、
「そうですね。動きの理解が速いって感じがします。人の動き……より物の動きを見て最善を選んでいけると言うのかな? 前、調理実習で熱したフライパンをひっくり返した男子がいたんですが、咄嗟に片手でフライパンの柄をキャッチし、もう一方の手で皿を掴み……あれって卵焼きだったけ?」
「しょうが焼きじゃなかったか?」
「まあ、焼いていた奴をのせたんです。人を退かすのではなく、物を選ぶ感じの人です。」
こんな話でいいだろ。衆人環視の出来事だし、下手に花緑の本心を突くようなことは言わない方がいいだろう。
『……変な物言いをする子だな……記事に出来るかな……』
誰が変な奴やねん!
視界の端に花緑が映り、夢中の音を奏でていた。そして、
「そうか、スッゴい参考になったよ。ありがと。じゃあ、また今度。カメラあるでしょ、佐々木さん付いてきて。」
えっ……何が?
佐々木さんもまた、
『あの話の中のどこが参考になるんだ……』
行ってしまった。何だったんだ?
あんまり考えちゃいけない気がする。
私は柏木千夏が在籍している中学に着いた。先ほどの高台の階段から真っ直ぐ行ったところだった。無人の校舎は不気味なな雰囲気を纏っていた。人影、まさか幽霊……存在するんだよねえ……。
『ああ、三毛行っちゃった。』
ああ、猫見てたのね。
下見なので、後にした。
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