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引っ掻き傷の付いた郵便受け、おばあちゃんの趣味の園芸、帰宅したと実感する。部屋に籠って勉強して、夕飯だと呼ばれた。
食卓について母さんがすぐさま、
「何かあった?」
「ない……」
素っ気なく返す。一族同士には思考転写が効かない。ほんとありがたい。
祖母はのそのそと座って、
「人格移しにあったのかい。」
また始まった。私達一族とは別の能力者がいるそうなのだが信用していない。
「人格移しは相手の意識を乗っ取り、操れるのじゃ。」
そっから延々と語られる人格移しと読心術の善悪の話。人格移しは地球外よりもたらされた力であり、偽物で悪であると。読心術は地球で育ち、星の意思を代弁すべき正しき血筋であると。
マジ、どうでも良い。おばあちゃんの妄想だろう。孫の注意を引きたい老人の嘘。病名は老二病。厨二病に習って、そう呼んでいた。
昔はその作り話も面白く思っていたのだ。もし自分が戦うことになったら、逃げることになったら、ロミオとジュリエットになったら、とか考えた。
しかし思考転写はそういったロマンに扱えるほど便利な能力ではなかった。
取り敢えずガン無視して、
「なんで父さんと結婚したの?」
単身赴任中の父の顔を思い出そうとして、顔のパーツが当てはまらなかった。家に五年帰ってきていない。
「なるほど、告白された……いや、読心して好意を読んだな。」
「うるさいな。」
「まあ、わかるよ。こんな一族だし、他人と一緒に住むのは難しい。私も高校生くらいまではそう思っていた。
でもある日気づいた……心を読めない家族と暮らせば良いと。」
「いや、結婚の話が聞きたいんだけど……」
「私結婚してないから。」
「は? 私って……妾の子ってこと。」
「違う。」
「じゃあ何。」
「姉の子。」
「あんた、姉いたの!」
「私と血が繋がっていない事には驚かないんだ。」
「数年にしか帰ってこないのは……」
「自分の娘の成長を確認するため。」
「その時、女性を連れていなかったと思うけど。」
「姉さん、一族の事嫌いだから。
互いの心が通じ合わないことが家族である証明なんておかしい。そう言って出ていったし。」
なんとなく、分かる。家族というのは長く一緒にいて、心の中に無遠慮に踏み込んでいける。
親が子にかける心配は鬱陶しいものがあるだろう。父親がキモい、小言がうるさい、大人だと認めてくれない。
しかし私達家族は、踏み止まる。その遠慮が、絆のような気がする。
「そっか。人を愛したことないんだ。」
母さんは悲しそうに俯いて、箸を早めた。
変なことを言ってしまった。謝ろうと思ったが、やめた。
おばあちゃんがこちらをじっと見ていた。BGMのようになっていた老二病の語りもなくなっていた。
しょうがない。
「おばあちゃんはなんで結婚したの?」
「あれは人格移しと戦っていたとき、目に影響が出た頃じゃ。」
真剣に聞くのをやめた。
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