平穏

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 どんよりとしたかちほの心の声は『帰りたい、帰りたい』と呟いていた。あんなにも抵抗するのは珍しい事だった。  煮詰まっていると学校にも家にも行かず、引きこもって考え事をする。前に一度だけあったのだ。かちほは天才であり、生み出す彫刻は高額で取引されているらしい。  天才が上手くいかないことがあるんだなと前回は思ったが、中学生二年生であることを考えれば、年相応かもしれない。  今は声をかけずにいた方が良いだろう。  しろと晴香は、 「この町にも七つの都市伝説があるって知ってる?」 「知らない。」  そんなものがあるとは。もしや、あるのでは。 「この町には古くから読心術が使える一族がいるらしい。」  ああ、やっぱり。 「居ないだろ。」 「そして対となる他人を操る力があるんだって。」 「あり得ないって。」 「あとは、宇宙人犬。」 「矛盾し過ぎだろ。人か犬かどっちかにしろ。」 「宇宙猫。」 「そこは宇宙人猫だろ。  居るだけじゃん。雑なんだよ。」 「居るだけって?」 「ほら、トイレの花子さんならトイレに引きずり込まれるとか、色々あるでしょ。」 「結果が必要ってことだね。簡単だよ。  宇宙人犬と宇宙猫が出会うと、天変地異が起こる。」 「雑!」  私が小さく笑うと、晴香の心の声が、 『良かった。笑った。』 「じゃあ、ガチなのいくよ。  花味覚しに遭った人たちの幽霊が出歩いてるんだって。」  花味覚しは少年少女の集団失踪事件である。     いわゆる、神隠しである。全員が同じ方向へ同じ時間に歩いて行ったそうだ。  深夜、少し虚ろな目をしていた子供が出歩いていれば大人は声をかけるし、通報もした。それが5件。  そして、呼び止められた子供達はほんの一瞬目を離した隙に姿を消した。  見失ったのではない。透明になったようだと警察に訴えた。    しろが絶句していた。 『お前その話……』    唯一、大人の声かけに反応した子がいた。こう言った。 「花の味を教えてもらうだけだよ。」  その子は晴香の妹、晴菜だった。 「五つ目はね……何だっけ。」 「六つ目じゃね。」 「宇宙人犬と宇宙猫は一緒に語られる都市伝説だから。」 「そりゃそうか。」  私は少しの間晴香の心を探った。ただ空白の時間があった。喋っている訳でもないので、心の中で映像を思い出していたのだろう。  思考転写は『相手の考えていることがすべて解る』力ではなく、『相手の心の声が聴ける』力である。  例えば、牛の体の模様が人の顔に見えるなっと思っても、『人の顔に見える模様』を見ることはできない。  頭に浮かべた言葉、『牛の体の模様が人の顔に見える』は解る。  小説を読んで居るようなものである。  晴香は妹との思い出が頭によぎったのだろう。    その後、聴こえて来たのは都市伝説の続きを思い出そうと色々な言葉を浮かべていた。 「そうだ、思い出だした。」  晴香はもう花味覚しのことを忘れていた。たぶん訓練したのだろう。辛い記憶から、脳を切り替えるために。 「この町で滅多に犯罪が起きないのは、謎の超能力組織が占拠してるからなんだって。」 「それはありそうだけど、超能力って。」  花味覚し以降、犯罪は一切起きていないらしい。軽犯罪や、示談で解決した問題もなく、日本一平和な町だと市長が街頭演説で言っていた。  超能力者である私が言うのもなんだが、あり得ないだろう。思考転写と人格移し以外は聞いたことがない。 「後は、この町の地下には、巨大な実験施設があるんだって。」 「レベル低っく! がた落ちし過ぎだろ。」 「最後はすごいぞ。」 「もったいぶるな。」 「徘徊する恐竜。」 「ひっでぇ。宇宙人猫より酷いのがきた。」  気づけば学校に到着していた。教室には教科書とノートを広げている者や駄弁っている者や様々だった。  私は一番近くのかちほの机に近づいた。かちほ未だに『帰りたい、帰りたい』と考えていた。  ため息をはいたしろは『ああ、今日部活ないじゃん。バッシュ持って来ちゃった。』  バッシュというのは、バスケシューズの事だと昔教えてもらった。バスケ本当に好きなんだな。  しろが、 「かちほ、都市伝説って聞いたことある?」 「ない。」 「悩んでるんでしょ? ヒントになるかもよ。」 「花味覚しの真相。」 『ならヒントになるかも』  晴香が近づいてきたので口をつぐんだ。  しろが強引に話題を変えようと、 「幽霊とか宇宙人とかいると本気で思ってる?」  晴香は、 「いるでしょ。」 「いないでしょ。」 「いるかもしれないと思ったことはあるでしょ。」 「ない。全くない。」 「ツチノコならいるかもしれないよ。」 「疑う余地もなくいないだろ。」 「チュパカブラとか。」 「その存在自体が死んだよ。」 「じゃあ、あれだ、ネシ湖のネッスーとか。」 「ん? 今はなんて言った?」 「ホレ、疑った。」 「違う。今のはずるい。」  晴香が私の顔を見ていた。『やった』と嬉しそうに。 「見てみて、ゆきなが引っ掛かった。」 「珍しい。」  三人が私の顔に視線を移した。 「私ってそんなに無表情?」 「いや、単純に珍しいだけ。」  かちほが 『あ、何か掴めそう。もう一回、いや、ずっと驚いてほしい。』  え? どいうこと? 天才の考えることはマジでわからん。        
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