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テスト前の最後の国語の授業ってこともあり、皆集中して聞いていた。黒板に目を移すとどうしても人が視界に入り心の声が聞こえる。『人間の心どうでもいいから、動物の心を教えろ。』『国語でしょ、暗記多すぎなんだけどぉ、暗記パン欲しい』『雪夏と一緒に勉強出来ないかな』
やっべ、花緑が視界に入った。急いで反らす。
私の席は窓際の真ん中だからどうしても人が映る。
こんな超能力があるなら一番前の席にしてもらえば良いのだが、このクラスには目が悪い人が多い。
席替えの時、視力が悪い人達が言い出すタイミングを伺っている心の声が聞こえてしまうと、申し訳なくなり遠慮してしまうのだ。
少し視野を広げる。かちほは爆睡、しろは後ろの席なので見えない。
大問題の晴香。
『ホットなお湯。これはウケる!』
何考えとんじゃ! 真面目に授業聴け!
『でも普通に言ったって面白くないよな。』
面白いよ! だから余計なことを考えないでくれ。
なら視線を外せばいい。思考転写は強制だ。視界に映るすべての人間の心を聞ける。雑踏に入ると頭が処理しきれず、破裂しそうな痛みを感じることがある。
しかし、対処法があった。誰か一人の心の声に集中して聴けば良いのだ。
普通の人だって複数人の声を聞き分けるのは難しいことだろう。人間の耳はそんなに高性能ではない。
私の聴力も逸脱した性能、それこそ聖徳太子のような力は備わっていない。
誰かの声に集中するのは簡単じゃない。
そのためのツッコミである。
それだったら先生でも良いんじゃないかと思うが、残念な先生ばかりなのだ。
『ここテストにでるぞぉ、そうとは知らず、聞いてかわいい中学生だなぁ』
『おっと今のは強調しすぎだかな、こんなことに気づけないなんて、大丈夫か。社会でやっていけないぞ。おぉん』
『今のは声が上ずった。察しの良い子は気づくよね。クラスで共有したら。皆が満点取ったら。リークしたって思われる。教員として失格。つまり、クビ。やめたくない!』
残念極まりない。カンニングに繋がる行為はしたくない。
『ホットなお湯が自然と出てくる状況……』
水筒に入れて持ってこれば良いだろ。
お前、勉強出来る方じゃないんだから、集中しなよ。
『バレンタインだ』
え?
『バレンタインならチョコを溶かす時、湯煎をする。その時だ、ホットなお湯と言えば絶対笑う。完璧だ。』
水筒! 気づいてくれ。
チャイムが鳴りいつも通りにかちほの机に集まる。かちほは珍しくチャイムで起きた。
『そうか、雪夏に足りないのは表情か。』
何? 睡眠学習でもしてたの? 授業聴きなさいよ。
『怒ったとこも、泣いているところも、動揺もないんだよな。』
ただ次の言葉を待った。私の抱える思考転写という問題に対して、核心的な事を言ってくれるのではないか。
『後一歩、一歩だ。何かが足りない。雪夏の思考に届かない。驚異的な洞察力による読心術? いや、私にだって洞察力はある。
ああ悔しい。何で届かないんだろう。』
「ねえ! バレンタインの事なんだけど。」
「半年以上先だけどな。」
「え……?」
そこ考えてなかったのか。無意識に理解してると思ってたよ。
『晴香のいつものか』
ちょっと、かちほの興味が反れちゃったじゃん。あと少しだったのに。
「思考転写とか死ねば良いのに。」
「え?」
何を言ってるんだ。晴香の脈絡ない発言に三人とも同じ反応をした。
朝の都市伝説の続きだろうか?
読心術の一族がどうのとか……読心術?
今、思考転写って言わなかったか……?
思考転写を使える条件は整っている。
視界に収めている。
聞こえなかった。がらんどうの箱に耳を当てているような感覚になる。
これは寝ていたり、意識のない人に思考転写を使うとこういう聞こえかたをする。
晴香の目は確かに開いている。それに先ほど口は動き声が出ていた。
ここでようやく事態の異常さに気づいた。
人格移しに遭っている。
それが混乱しかけた私の頭によぎった解答だった。
老二病と嘲笑っていた超能力が起こっている。晴香に人格移しなどという超能力は持っていない。
つまり超能力者がいる。
そして、晴香を視界に納める事の出来る範囲内にいる。
私が思考転写だとバレて、殺される……?
何故? 恨まれているのか? だとしておばあちゃんのせいか。それもと私の実の母親か。
今は違うだろ。バレない事が最優先だ。
普通の女子中学生らしく。
「どうしたの晴香。」
「ん? 何が?」
どうやら人格移しが終わったようで、思考転写が効いた。
『あれ? どうした? バレンタインはそんなに寒い発言だったかな。』
しろも、かちほも
『私達が適当にあしらってたせいで、おかしくなちゃった。ちゃんとツッコミしてあげよ。』
チャイムが鳴って休みが終った。
本当の意味で私の平穏が終った。
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