第11話(4) 死に際の騎士

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 戦場で剣を失った騎士はどんな運命を辿るのか。その瞳に宿るのは、諦めと敗北か。 「…っ!」  まて。 「レオン!」  まて、レオン! とまれ!  俺の剣先が迫っているというのに、レオンはそのままこちらに身体ごと突っ込んできたのだ。  これは試合だ。戦じゃない。このままでは、お前の喉元を俺の刃が貫いてしまう! けれど、今更この勢いを止める術を持たない俺は、愕然とレオンを眺める事しかできなかった。  そうしていると、気付く。レオンの瞳にまだ諦めも敗北の色も滲んでいないことに。  俺の剣先がレオンの頬を掠め斬りつける。  …そう、頬だ。これはもう、レオンの悪足掻きだった。その素晴らしい動体視力を、感覚神経を、運動神経を持って、俺の最後の一撃から逃れたのだ。  レオンの手には折れた模擬剣。砕けた金属をキラキラと撒き散らしながら振り上げる。  砕けた刃に魔力が篭っている事に気が付いた。魔力を自身の中で巡回させるのでなく、物質に…。それはもう、凡人が真似など出来ない芸当だ。レオンから溢れ出る魔力に、俺は圧倒されていた。  あいつの瞳と同じ黄金色の魔力が、まるで龍のように空へ登ったかと思えば、死んだ筈の剣に流れ込んでいく様子がよく見てとれる。  肌に魔力が触れて痛い。黄金の魔力は雷鳴に似た轟音を奏で、試合会場内を暴れまわっている。辺りはその魔力に埋め尽くされあまりの膨大な量に、ついに魔法防壁にピシリと大きなヒビが入った。  まるで、大空が割れたかのよう…。 「…お前の執念が上回ったのか」  黄金の輝きを放つ砕けた刃を見上げて、俺は悟った。あれは死んだ剣なんかじゃない、グングニルだ。…槍ではないけれど、そう表現するに値する。  覚悟を決めたレオンが掲げるその手には輝くグングニルが携えられていて、敵は必ず貫いて勝利をもたらすってか? いや、怖ぇよ。なんだよ、笑いしか出てこない。  ひび割れた空を背にしたレオンを見て思った。たしかに、こいつなら国ひとつくらい捧げてみせそうだなぁ…。  レオンの振り下ろした不恰好なグングニルが俺の首筋に添えられてピタリと止まる。俺は遂に、心の底から負けを認めてしまったのだ。  その悔しさから、涙が次々と溢れた。泣き笑いながらレオンを見る。 「ははっ、まったく…死に際の騎士が一番厄介だ」  とりあえず、レオン。俺は安易にもお前の覚悟の前に立ちはだかろうとした。悪かったな。 「………勝者、レオン・タラン!」  シンと静まりかえる会場に、審判の声はよく響く。  観客席の貴族たちも何が起こったのか、理解が追いつかないのだろう。  見ろよ、貴族諸君。これが『レオン・タラン』という男だ。近い未来、爵位を手にする男だ。  観客席のどこからか、ひとつの拍手が起こった。  その拍手は周りにも感染していき、次第に大きな拍手の嵐になる。最終的には拍手喝采。長い間、大きな歓声が巻き起こっていた。
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