第15話(3) 金木犀

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第15話(3) 金木犀

 庭園の中を2人して走っていると、微かに感じていた甘い匂いがだんだんと強まっていった。  これが、花の匂い? 私はソフィに手を引かれながら周りを見回した。こんなに強い匂いを発する花があるなんて、知らなかった。 「…あ!」  どうしたんだろう? 驚きの声をあげるソフィに目を向けると、ソフィは輝く笑顔で私を見ながらどこかを指さしている。 「シモン様! あの花っ」  少し興奮したようなソフィから、彼女が指差す方へ視線を動かす。そこには、鮮やかなオレンジ色が咲き誇っていてすぐに目に入った。 「シモン様がお探しのお花は金木犀だったのですね!」 「…キンモクセイ?」  それは樹木に咲く花だった。小柄の花が密集し、甘い匂いがただよっている。派手ではないけれど、控えめな小花たちがなんとも可愛らしい。  昔、図鑑で見たことがある。確か、東方の国の花だったような…。この国では見る機会のない、珍しい花だった。 「金木犀の匂い、私、好きなんです」  だからすぐに分かったのだと嬉しそうに微笑むソフィ。私でも図鑑で知っている程度の珍しい花なのに、ソフィはいつこの花を…匂いの特徴までを知ったのか。少なくともナイトベル公爵邸にはない花だ。 「…………」  何故知っているのか。尋ねようとして、やめた。「懐かしいなぁ…」と呟き目を細めてキンモクセイを眺めるソフィに、なんとなく、不安を覚えたからだった。  ソフィがまるで、ここではない何処かに帰りたがっているような…私は焦る気持ちから、ソフィの手を強く握る。  するとソフィが気付いてキンモクセイから私に視線を動かし「どうしましたか?」と首を傾げながら微笑んだ。
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