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お父様は静かに結論を告げる。
「ナイトベル公爵家の主人として、誇りをかけて、この婚約は認められない。白紙に戻すことを王族へ要求することとする!」
お父様の決定に、うんうんと頷きながらお母様は拍手を送っている。
「そうですよ、絶対に認められないわ! 私たちの大事なシャロンちゃんをイーサン殿下に任せられないことがよく分かりました!」
そう言ってお母様は、普段見せることのない冷たい笑みを浮かべていた。
「正式な手続きは旦那様に任せるわ。私は社交界で…女には女の戦い方と言うものがありますからねぇ」
そして、怒っていらっしゃるわ。とても。
「おや、母上。何かお考えがあるようですね。私も一枚噛ませて頂いても?」
「あら、シモンくんも手伝ってくれるのなら心強いわ!」
「お、お待ちください! 王族の方相手に、あまり事を大きくしてしまっては…」
「シャロン、何を言っているんだい? 殿下だけではなく、もう一人いるじゃないか。君を傷付けた者が」
「え? お兄様…?」
「確か、スイートラバー子爵のご令嬢…と、私は記憶しているわ」
お母様の美しい笑顔が、生気のない人形のように思えた。ルビーと見間違えるほどの美しい瞳には、誰かを射殺さんとするような危なさが滲んでいる。この場にいる誰でもなく、どこか遠くを見つめるお母様は、きっとリリス嬢を思い描いているのだろう。
我が母ながら、恐ろしい。
「…お嬢様、奥様はきっとご容赦なくリリス様に鉄槌を下すでしょう。これからの展開を考えると…昼ドラよりもドロドロの修羅場がリリス様を待ち受けていると思います…。あぁ、どうしよう…! なんだか私、これから先どうなるのか…ドキドキして参りました!」
私に耳打ちしてきたソフィは、「これぞ、『待て、次号!』と言うやつですね!」と、何故か興奮している様子。
「…『ひるどら』って?」
「人間の欲望と嫉妬、執着などをまとめて鍋で煮込み、隠し味に愛憎を入れて。仕上げに、人の醜さを添えたような、そんな物語の事ですよ」
私、前世でよく観てたんです。と、にっこり笑うソフィに私は苦笑を返す。
「そ、そう…」
私はリリス嬢を少しだけ憐れに思った。
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