第5話(1) メイドの恋愛講座

1/4
前へ
/320ページ
次へ

第5話(1) メイドの恋愛講座

 私とイーサン殿下の婚約を白紙に戻すという発表がなされたのは、あの浮気現場突入事件から一週間経ってのことだった。  イーサン殿下とリリス嬢は謹慎処分に処され、私はというと何事もなかったように穏やかな毎日を過ごしていた。  周りは何事かと騒いではいたが、皆何となく理由を察しているようで数日後には騒ぎは収まっていた。殿下に手をあげたエリック様も数日間の謹慎処分となり不在であったが、ハリス様やラザーク様が学園中を奔走していた事もあり、学園内はより早く落ち着きを取り戻したと思う。今では、生徒の中にはこちらを憐れむ視線を送る者までいた。  そんな中、私の生活に変化がひとつ。 「シャロン嬢、よく会うな」 「まあ、エリック様…ご機嫌よう」  エリック様は私と顔を合わせると、声をかけてくるようになった。王立学園の構内は三つのエリアに分けられており貴族学部が使うエリア、同じく騎士学部のエリア、そして共同のエリアだ。学部も学年も違う私たちは普段はあまり顔を合わせる事もないのだが、エリック様が言うように共同エリアでよく顔を合わせていた。 「何をなさっている?」 「ソフィを…あ、いえ、メイドを待ちながら読書をしております」  学園の共同エリアにある庭園の東屋で、私は昼食準備に出ているソフィを待ちながらお気に入りのロマンス小説を読んでいた。 「小説、か…ふむ。どのような?」  エリック様はそう言って、私の隣に立つと腰を曲げて小説の内容を覗き見る。エリック様の柔らかそうな質感のアッシュブラウンの毛先が私の視界の端で揺れた。  ちょうど物語は、騎士が姫に愛を乞う場面であった。 「…シャロン嬢はこのような恋物語を好まれるのだな」 「似合いませんでしょうか…」 「いやいや、そんな事はない。花盛りの令嬢らしく、とても可愛らしく思うよ」 「まあ」  エリック様の言葉に驚き目を丸めていると、「将来、好いた女性に求婚する際には是非参考にしてみよう」と冗談を言いながら彼は小説からこちらへと視線を寄越してきた。  近い。  すぐ側にある彼の、新緑のような爽やかな瞳に映る私は更なる驚きで口を噤んでいた。エリック様も驚いたようで、顔を赤らめ私から目を逸らし、ぎこちなく姿勢を正していた。
/320ページ

最初のコメントを投稿しよう!

83人が本棚に入れています
本棚に追加