第9話 愛を囁く

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第9話 愛を囁く

 剣技大会まであと一週間。  大会が終わればすぐに長期休暇だ。晩夏から秋の収穫祭までの約2ヶ月の長い休みに入る。秋の収穫祭は領主領民にとってとても大切な行事で、この時期は領地持ちの貴族は必ず自分の領地に戻るのだ。もちろん私もナイトベル公爵領地へと赴く予定である。  長期休暇の間、私はこの地にいない。…だから、だから仕方ないの。  こうして、貴族御用達の雑貨小物店『ナイトジャスミン』でとある人物を待ち伏せする理由は、長期休暇に入る前にこのお借りしたハンカチーフをお返ししなくてはいけないから! 仕方ないのっ! 「お嬢様。珍しくおめかししてお出掛けなさると一時は私も喜んでおりましたが…連日このお店に滞在する理由をいい加減このソフィに教えて下さいませんか?」  もう何週間連続で貴重な休日をこのお店でお過ごしになった事でしょう! と、ソフィは退屈だと書いてある顔で嘆く。  店内をよく見渡せる休憩席に座る私は彼女に申し訳ない気持ちから目を合わせられずに、渇いた口を潤す為に紅茶を一口含んだ。 「し、仕方ないじゃない。足りないインクを買いに来たついでにお店で休んでもいいでしょう?」 「足りないと申されますが、お嬢様…ソフィは知っているのですよ? まだ未使用のインク壺が二つも引き出しに仕舞われていること」  ジト目で白状しろと詰め寄るソフィから、なんとか逃げるように背を逸らして私は目を泳がせる。 「…あら? インク壺ではなくてノートが足りなかったのだったわ」 「ノートならまだ新品が5冊ありますよね、お嬢様。さらに羽根ペンとガラスペンもこの間新しく購入されておりましたし、やたらと金色の刺繍糸を何種類も集められておりますよね?」  私の専属メイドは優秀だ。何もかもお見通しらしい。
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