4 やよい軒とかつや

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女のその身は微かに震えたかのように見えた。 それは女の感情の揺らぎが見せる、 謂わば陽炎のようなものだったのかもしれない。 女は鍵を静かにローテ-ブルの上に置く。 僅かな金属音が、その密度を増したような、 重苦しい空気の中を遠慮がちに伝わる。 女はゆらりと立ち上がり、そして、玄関へと向かう。 俺は慌てて立ち上がる。 そして、出て行こうとする女を追い掛けながら 大丈夫?と問い掛ける。 振り向かずに女は小さく答える。  ありがとう、もう大丈夫。 その声からは、感情の起伏は感じられなかった。 平板で無色、そして無表情。 そのような印象を受ける、まるで抑揚の無い声だった。 女は黙ったままショートブーツを履き、 ドアを開けて出て行こうとする。 俺は、何と声を掛けたら良いのか分からなかった。 辛うじて、「ごめん」という言葉だけが、 口を突いて出てきた。 その声色は悄然としたものだった。 発した自分自身でも明らかにそうと判るほどに。 女はようやく右の横顔を見せ、そして言う。 辛うじて聞き取れるほどの小さな声で。  ううん、私のほうこそ、ごめんなさい。 その横顔は青褪めているようにも見え、 辛うじて見えたその瞳は、潤んでいるようにも見えた。 女の姿はドアの影に消えて行った。 ドアがゆっくりと閉まる。 女は手を添えながらドアを閉めているのだろう。 カチャリ、と遠慮がちにドアが閉まる。 その仄かな金属音は、 女の最後の言葉と重なり合うように控えめだった。 そして、その控えめながらも冷たい音は、 俺と女との間の、埋め難い断絶を宣告しているようにも思えて。
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