4 やよい軒とかつや

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俺は回想を終え、物思いに耽る。 あの日、女が去った後、俺の胸中を占めていたのは罪の意識だった。 誘いめいた言動に対し、困惑した態度を女が示すのはあの日が初めてではなかった。 それは、分かりきっていたはずなのに。 本当はまだお腹も苦しかっただろうに。 お互い、憎からず想っていることは間違い無いのだろう。 もう三ヶ月の間、毎週のように二人で逢っているのだから。 けれども、踏み込めない、踏み込ませない何かが 俺と女との間には存在するように思えてならない。 それは透明で硬質な壁のように思えることもあるし、 それは深くて昏い溝のように思えることもある。 或いは、女との間の空気の粘り気が急に高くなり、 近寄ろうと思って足掻いても、 粘り気を増した空気に手足を絡め取られてしまい、 身動きすら出来なくなってしまう、 そのように思えることもある。 女は不遜で理不尽に振る舞うかと思えば、 何処か哀しげな雰囲気を纏わせつつ 思索に没入したりもする。 かと思えば、気弱で不安そうな態度を示したり、 はたまた四角四面と言ってもいい態度を見せたりもする。 そして、自信に満ち足りた態度を示すかと思えば、 自己無価値観に苛まれたような 言動を見せることもある。 世慣れた風に振る舞いながらも、 誘いめいた言動に対し、 極度に動揺した態度を示したりもする。 近くに見えるけれども、でも近寄ろうとすれば、 その存在が蜃気楼のように消え失せてしまう、 或いは逃げ水のように遠ざかってしまう、 そんな心持ちだ。 女との距離、それは永遠に縮まらないようにも思えてしまう。 かと言って、その関係が絶たれることもまた無い。 訳が分からない。 けれど、その訳の分からなさもまた、 俺にとっての女への吸引力になってしまっているのだろう。 女の言動から仄見える哀しみの影、 それが俺の心を捕えて離さないのかもしれない。 気が付けば6時20分だ。 そろそろ丸亀製麺での待ち合わせの時間だ。 俺は空になったタピオカミルクティの容器をゴミ箱に捨て、そして、ドトールを出る。 すっかり陽の落ちた道を丸亀製麺へと向かう。
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