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薄暗がりの街の中、
徐々に小さくなっていく女の後ろ姿を見届けた俺は、
帰る前に本屋にでも寄ろうかとその場から踵を返し、
神保町方面へと足を向ける。
本屋へと向けて靖国通り沿いを歩く。
夜の街は喧噪に満ちていた。
店々が放つ取り取りの灯。
街を行き交う人々の気配や話し声。
そして、道を駆け行く車が放つそれぞれの音にそれぞれの灯。
宵の入りからまだ間も無い街を満たす光と音との喧噪。
それらが醸す賑やかさは、胸中の疑問の深まりに呼応するかのようにその度合いを増しつつある俺の心の冷えを際立たせるように思えた。
ここ暫くの、女が別れ際に見せる態度を思い返してみる。
そして思う。
別れ際に彼女が醸す寂しさの気配、
それはここ最近、如実にその色を濃くしつつあるようだな、と。
今にして思えば、夏の盛りに出会った頃から、
女は寂しさの気配を漂わせていたように思う。
けれども、当初、それは言うなれば、
ほんの、ほんの小さな染みのようなものだった。
錯覚とも思えたような、その僅かな寂しさの気配。
それは会えば会うほどに、
そして季節が夏から秋へと移り変わり行く程に、
じわじわと女の態度の表層へと拡がりつつあったように感じられてしまう。
女が醸すその寂しさの気配、それは何時しか飽和点へと達してしまうのかもしれない。
そう思い至った時、俺の心の温度は一気に下がってしまった。
言いようのない不安、そして切なさとが俺の心を急速に満たし始める。
気が付けば目指す書店の前に辿り着いてはいた。
けれども、躊躇は無かった。
俺は再び踵を返す。
そして、来た道を戻り始める。
最初は早足で、そして何時しか駆け足で。
女の姿を求め、俺は女が戻ったと思しき道を駆ける。
小川町交差点に辿り着くも、それまでに女の姿は無かった。
スマホで連絡しようかとも思ったが、あの様子だと、呼び出しに応じないかもしれないと思った。
信号が青に変わるのを待ち、靖国通りを御茶ノ水駅方面へと渡る。
そして、本郷通りを御茶ノ水駅方面へと駆ける。
ようやく女の姿を認めたのは、トマトのラーメンを売りにしたお店の向かい側付近だった。
「舞島さん!」
と、俺は女に呼び掛ける。
女はハッとしたように振り向く。
その瞳は、何処か潤んでいるようにも思えた。
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