6 スターバックス

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十分後、俺と女は御茶ノ水駅前のスターバックスで向かい合わせに座っていた。 俺はアイスコーヒー、女はダークモカチップフラペチーノを前にして。 躊躇する女を頼み込むようにして説き伏せ、一緒にスターバックスへと入った。 どこか悄然とした、そして、何とも所在無さげな態度の女を先に席へと座らせ、俺はカウンターにて二人分の飲み物を注文し、受け取ってから席へと着く。 暫しの間、沈黙が俺と女との間に流れる。 それは、お互いの間合いを測り合うかのような沈黙だった。 時刻は夜の八時を少し回った頃。 店内はそれなりに混み合い、そして、それなりの喧噪に包まれていた。 それなりの喧噪、それは、俺と女との間に流れる沈黙の重みをじわじわと増していくように思えた。 口火を切ったのは俺だった。 「ごめん、別れ際の様子が  ちょっと引っかかっちゃって。  丸亀製麺での話も気になったし。」 と、女へと声を掛ける。 女は寂しげな、困ったような表情をその顔に浮かべ、 そして、何も言わずにやや俯き加減となる。 俺は言葉を続ける。 「さっきの話で気になっちゃったんだけど、  そんなに劣等感を持つ必要なんて無いと思うよ。」 と。 俺からすると、 女がそんなに劣等感を持つ必要なんて 無いのではと思えてならない。 例えば、学歴にしてみても、 女のそれは見劣りするようなものでは決してない。 都内の中高一貫の女子校を卒業し、 それなりに偏差値の高い女子大へと進学している。 勤務先にしても、大手と言える出版社だ。 職場での評価が低いとか、 或いは人間関係上のトラブルがあるといったこと無く、普通に勤務しているようだ。 普段の話しぶりにしてみても、 その方向性や内容はさておき饒舌であるし、 そして、その知識の幅は広い方だと思う。 少なくとも「馬鹿」ではない。 交友関係にしてみても、広いとは言えぬまでも、 大学生の頃から親密な付き合いのある友人も何人かいるとのことだ。 その容姿にしても、 俺の贔屓目を相当に差し引いてみたとしても、 絶対に悪い方では無いと思う。 髪型、服装、或いは化粧にしても、 野暮ったいなどと言ったことは全く無く、 相応に洗練されているというのが俺の印象だ。 理学系の学部を出た所為か、 服装や髪型に然程は頓着してこなかった俺からしてみたら、正直気後れすら覚えることもある程だ。 性格だって悪い訳じゃない。 我儘を言うのは毎回の事だし、 大抵の場合、一方的に「地獄」だとか変な話をする。 けれども、我儘を言うにしても 一定のラインは弁えているように思える。 毎回奢らされもするけれども、 精々、千円にも満たない程度だ。 一方的に話をするし、 その内容はそれなりに「毒」を含んでいる場合もあるけれども、俺が不快だと思う領域には決して踏み込まない。 俺と感覚が一致しているのか、 あるいは俺の態度を具に観察して話の内容を調節しているのか、そのどちらとも断言はできないけれども、少なくとも不快になることはない。 ただ、気になるのは、今日のように時折態度が不安定になること、そして、自身の家族のことを話したがらないことだ。 女の実家は東京都内の市部のようだが、 彼女自身は区内の四ッ谷近辺で一人暮らしをしており、実家に帰ることもあまりないらしい。 実家から職場まで通おうと思えば通える距離だとは思うが、それをしない理由について語ろうとはしない。話が家族のことに及びそうになると、 途端に口を閉ざしてしまう。 だから、なるべく家族の話題には触れないようにはしている。 「劣等感を持つ必要は無いと思う」 そんな俺の言葉は、その意味合いとは、それを発した俺の気持ちとは裏腹に、女の悄然としたその態度をより深めてしまったようだった。 女は呟くように、そして呻くように言葉を吐き出す。 「ごめんなさい、色々と気を遣わせちゃって。  何だかもう、色々と申し訳なくて・・・。」 申し訳ないと言われても、 そんな思いは全く無いのだが。 女の言葉に戸惑い、 そして、やや混乱しつつも俺は言葉を続ける。 「申し訳ないなんて全然無いよ。  舞島さんと話をしたり、  一緒にお茶したり食事したりするのって楽しいし。  だから来週もまた色々と話聞かせてよ。」 女の表情は変わらない。 いや、その悄然とした雰囲気は、 益々その度合いを深めていくように思えてしまう。 俺は困惑する。その困惑は、俺を饒舌にする。 「来週じゃなくてもさ、  またこれから何処か行ってみない?  そこでまた色んな話を聞かせてよ。  少し歩くけど隠れ家みたいなカフェがあるし、  あと、以前に話していた、  お洒落なかき氷が食べられるお店も  今からならまだ間に合うかも。」 暫し、沈黙が流れる。 女は漸く顔を上げる。 その表情には相変わらず悄然とした雰囲気を纏わせたままだ。 そして、物憂げな口調でこう述べる。 「うん、分かった。取り敢えず、ここ出ない?」 殆ど口を付けていなかった飲み物をそれぞれ手に取って、俺と女はスターバックスを後にした。
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