7 スシロー

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また始まったよと思いつつも、残念なことに、回転寿司をどのように地獄に(なぞら)えるのか知りたくもあるので、その理由を尋ねてみる。 紗花は待ってましたかの如く、 そして、重々しく語り始める。 「見て、あの烏賊の握り。」 そう言って、紗花はレーンを流れてくる烏賊の握り寿司を指差す。 その烏賊の握り寿司は、誰かが注文したものではなく、欲しい人が取るようにと店舗側が予めレーンに流しているものだった。 もうかなりの間、レーンを巡り続けているのだろうか、その表面に艶は無く、乾燥してしまっているようにも見えた。 黄色の皿に載せられたその烏賊の握り寿司は、俺たちのテーブルの横を通り過ぎ、そして、遠ざかっていった。 「あの烏賊の握り。  誰かに取り上げられる訳でもなく、  延々とこのレーンを彷徨い続けているのよ。  その有様、それこそが地獄なのよ。」 と、紗花は宣う。 俺は頷き、そして続きを促す。 紗花は続ける。 「あの烏賊の握りは、  誰かに望まれて握られた訳でもないの。  誰かが彼が自分の目の前に来ることを  待ち焦がれている訳でもないの。  そして、自分からレーンを飛び出すことも  出来ないの、当たり前だけど。  只、このスシローが回転寿司であるという名目を、  そして回転寿司としての面子を保つためだけに、  このレーンの上を只管に巡りつつけるの。」 そう考えると何だか切ないね、と俺は言葉を返す。 紗花は頷く。 そして言葉を続ける。 「望まれて産まれてきた訳でも無い。  自分自身の価値を自分で見出すことも出来ない。  自分自身の意思を持つこと、そして、  自分自身の意思に基づいて行動を自己決定していく  ことも出来ない。  他の誰かが示した価値観に沿ってしか  自分の人生を構成することしか出来ない。  不愉快な関係性、或いは望ましからぬ立ち位置から  抜け出して行くことも出来ない。  そもそもその関係性が不愉快であること、  望ましからざることに気付こうとしない、  只、流されるように、惰性のように  日々を淡々と送るだけ。  自分自身を欺し、自分自身を誤魔化しながら。  自分自身の気付きから目を逸らしながら。  願うのは、只、緩やかな終焉のみ。」 そう語る紗花の声色、それは何処か虚ろだった。 紗花は言う。 「それは即ち、地獄なのよ。  緩やかなれど、でも、揺るぎ無き地獄なのよ。」 その台詞からは、何故か生気は感じられなかった。 そっと紗花の表情を見遣る。 その表情は微笑みを湛えてはいた。 けれども、その瞳の色は何処か虚ろなようにも見えてしまった。 『能面のような笑み』 そのような表現が俺の心へと浮かんでしまう。 なんと言葉を返して良いか分からぬまま、 俺は茫としてレーンを見遣る。 レーンの上には、烏賊の握り以外にも様々なものが流れている。 烏賊以外の握り寿司だったり、かっぱ巻きなどの巻き寿司だったり、或いは容器入りのプリンなどのデザートだったり。それらは淡々とレーンを巡っている。 淡々と、そして黙々と。 不意に、俺たちの席に備え付けられたスピーカーからアナウンスが流れる。 俺たちが注文したお寿司が届くらしい。
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