3 ショッピングモール

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土曜の昼下がり、 あなたは近所のショッピングモールに行くわ。 日曜じゃなくて土曜よ。 そしてショッピングモールよ。 イオンタウンとかじゃないわ。 映画館やスタバなんて入っていないの。 ビレッジヴァンガードなんて入ってないわ。 ショッピングモールは5階建て。 3階から5階は駐車場、週末はミニバンで一杯よ。 1階は食料品売り場や化粧品コーナー、 ドラッグストアや百均ショップが入っている。 2階にはおもちゃ売り場、衣類売り場、本屋、 ゲームセンター、そしてフードコートが入っているの。 フードコートとは言っても、入っているのはマックにケンタにサーティーワン、そして丸亀製麺程度のものよ。 土曜の昼下がり、 あなたはそのショッピングモールに行くの。 勿論、一人よ。 30過ぎになったあなたは所在無さげに、 そのショッピングモールの中を歩くの。 勿論、一人よ。 土曜だからショッピングモールの中は家族連れで溢れかえっているわ。 はしゃぎ疲れて載せられたカートの上で眠りこける3歳児。 歓声を上げながら追いかけっこをしている小学生の兄弟たち。 おもちゃ売り場でプリキュアのアイテムを親にねだる女の子。 いろんな子供たち、様々な家族連れがいるわ。 いろんな子供たち、様々な家族連れ、それぞれが奏でるとりどりの喧噪。 それはあなたの中に染み入ることはないの。 あなたを通り過ぎ、そして、空に消えていく。 誰も、あなたに関心を持たない。 誰も、あなたに干渉しない。 誰も、あなたを見つめない。 誰も、あなたを覚えない。 そんなあなたは、宛ら土曜のショッピングモールの透明人間よ。 透明なあなたは取り敢えず本屋に入るの。 そこで暫く本を物色する。 気を引く本があったならば立ち読みをする。 気を引く本が無ければ、適度な単行本など買ってみる。 そして、あなたはフードコートに向かうの。 マックにケンタにサーティーワン、そして丸亀製麺が入っているフードコートに。 昼過ぎに起き、朝ご飯も食べていないあなたは空腹なの。 何を食べようか、少し考える。 もしあなたが二十代だったら、ビッグマックのセット、それに照り焼きバーガーの単品でも追加しようと考えるはず。 でもあなたは三十代。もう、そんなに若くはない。 最早若いとは言えないあなたは、ハンバーガー二個食いには二の足を踏む。 そして、丸亀製麺に並ぶことにするの。 丸亀製麺であなたは釜玉うどんに野菜かき揚げ、そして鮭のおにぎりを頼むわ。 注文した品をお盆に乗せ、空いている席を探すあなた。 手に持ったお盆のバランスには偏りがある。 うどんの丼が載せられている右側がやや重いの。 だから、あなたは右手のほうに心持ち力を入れている。 空いている席を見つけたあなたはいそいそとそこに座る。 ひとり手を合わせ、小さく頂きますと言ってから、まずは釜玉うどんを食べ始める。 あなたは卵の黄身を箸の先で割り、タレと黄身が万遍なく絡むよう、入念にうどんをかき混ぜるの。 そして、うどんを2、3筋、箸で掴んで啜り込むわ。 うどんのモッチリした食感に仄かに小麦を感じさせるその味わいは、黄身の濃厚さとタレのしょっぱさによく合うの。 一頻りうどんを堪能したあなたは、今度は野菜かき揚げに箸を付ける。 野菜かき揚げの味わい、それは多段的なものよ。 最初の歯触りはサクッとしているけど、少し噛み締めると野菜と衣の弾力とが仄かにあなたの歯に抗う。 そして、より噛み締めたら、油と野菜の汁とがあなたの口の中に溢れるの。 衣の狭間から顔を覗かせる玉ねぎの食感とその甘みはあなたの心を打つわ。 昼下がりのフードコートの席は八割方埋まっている。 窓際の席を6、7人で占拠している部活帰りと思しき中学生の男子たち。 向かい合って座りながら無言でスマホを弄る初々しげな高校生のカップル。 紙コップ入りのサービスのお茶だけを目の前に置いて、 日なたの席にブリキの置物のように佇む痣だらけの老人。 どれもこれも、あなたにとって心地いいものではないわ。 彼らの発する声や音は勿論、人と人との関わりそのものが醸し出す喧噪な雰囲気。 それらはあなたにとって馴染みのあるものではないわ。 でも、フードコートにてあなたを取り巻く諸々のものがあなたに中に呼び起こす所在の無さよりも、丸亀製麺の与えてくれる幸福のほうが幾らか上回っている。 あなたは一言も発すること無くうどんを食べ終え、そして一頻りスマホを弄ってから食器を返しに行くわ。 食器を返し終えたあなたはフードコートを出、2階からエスカレーターを使って1階に降りる。 エスカレーターの手すりは元々赤だけれども、あちこち黒ずんでいるわ。 その有様にフードコートで見かけた痣だらけの老人のイメージを重ね合わせたあなたは手すりに触れることを止める。 1階に降りたあなたは、特に何を買う訳でもないのに百均ショップを覗き、そして、ショッピングモールを後にする。 ショッピングモールを出、やや傾き掛けた日差しの中をアパートに向かって歩くあなたは、野菜かき揚げの玉ねぎの甘みを思い出し、少し幸せな心持ちになる。 そして明日は日曜。 何も予定はないけれど、その漠たる虚ろさはあなたの玉ねぎの幸せを損なうことは無い。 これが、あなたの天国よ。 冬の午後の日だまりのような生温い天国を、あなたは144年繰り返すの。
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