3 ショッピングモール

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そこまで女は語り、そして、唐突に黙り込む。 残り少なくなったタピオカミルクティをストローで吸い上げる。 ズズズッと下卑た音が鳴り響く。 その呆けた音と共に、 何とは無しに漂い始める虚ろな雰囲気 ふと思いついた疑問を口にしてみる。 君にとって、土曜のショッピングモールは天国なのか?と。 女は虚を突かれたように大きく目を見開く。 その表情からは、先程まで湛えていた悪戯っぽさは消え失せている。 どことなく悲しげな表情、 それだけが置き去りにされたかのように佇んでいる。 恰も帰るべき家を忘れてしまった迷い子のように。 そして、その表情にはどこか虚ろさすら感じられる。 女は目を伏せ、そして、心細げに言葉を吐き出す。 「地獄なのかな?天国なのかな?  なんか…分からない。  土曜のショッピングモールって、  まさに日常そのものって感じがする。  手垢の付いた、退屈でつまらない幸せでごった返す、  ごくごく普通の日常って感じ。  そんな普通の日々の中で、普通に過ごしている自分。  それが想像できないの。  羨ましいのかもしれない。  でも、自分には得られないものだって  諦めている感じもまたする。  それが欲しいのかと問われると、  何故だか口籠もってしまう。  望むことを禁じられている、  そんな感じなのかな・・・。」 少し間を置き、女は再び語り始める。 その表情からは悲しさの影すら消え失せ、 そして、無機質な硬質さすら漂っている。 「土曜のショッピングモールの中に溢れている、  ごく普通の日常。  ごく普通の家族の情景に、  ごく普通の平凡で退屈な幸せ。  それらにはずっと手が届かない、  そんな気がするの。  例え、そのショッピングモールに行ったとしても、  私の周りに透明で硬い膜が張り巡らされている様に、  その膜の中に、普通の日常や普通の幸せ、  それらは染み入って来ないんだと思う。」 「ショッピングモールって、  水族館みたいなものだと思う。  家族連れ、友達同士で来ている学生たち、  あるいは老夫婦  みんな、ガラスの向こう側にいる魚たちのように  思えてしまうの。」 「私は、分厚いガラス板の向こう側に  隔てられた魚たちを見る。  そして、魚たちにとっての幸せについて、  思いを馳せる。  でも、それはきっと、  魚たちが思い浮かべる幸せではないわ。  私が想像する魚たちの幸せと、  実際に魚たちが感じる幸せ、  それらは全くの別物なの。  自分が思い描く幸せの姿、  虚ろなその姿を、  勝手に投影しているだけなんだろうなと思う。」 「魚たちも私を見るのかもしれない。  魚たちの網膜、  そこに私の姿は映るのかもしれない。  でも、魚たちはきっと私のことを何とも思わない。  そもそも魚たちは私を私と認識しないかもしれない。  水の揺らぎ、或いは泡の戯れ、  恐らくはその程度にしか思わない。  魚たちにとって、水の揺らぎも泡の戯れも、  ひとつの現象にしか過ぎない。  その思惑に思いを寄せることなんて、無い。」 「ショッピングモールに溢れる普通の平凡な幸せ、  そして私。  それらが融け合うことなんてきっと無いのよ。」 そう述べた女は悄然とした表情で俯く。
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