3 ショッピングモール

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仄かな後悔や申し訳なさ、 それらが俺の胸中にて頭をもたげ始める。 少し、焦りを覚える。 話の方向を変えようと別の質問を投げかける。 いや、そうでなくて、俺と差し向かいで丸亀製麺を啜ることについて聞いているだけど? それって天国? それとも地獄? 女は弾かれたかの如く、その顔を上げる。 その表情には明らかに狼狽の色が浮かんでいる。 「しまった」と思ったが、もう遅かったようだ。 女は驚いたかのように席を立ち上がる。 そして、テーブルに両手を付き、 俺の顔を睨み下ろすかのようにし、 言の葉を吐き出すかのように語る。 「あなたと差し向かいで丸亀製麺?  私にどう返せと言うの?  『それは地獄』なんて答えると思って?  こんな私だって、最低限の礼儀は弁えているわ。  人と差し向かいで食事をする様を『地獄』だなんて、  流石にそれは言わないわ。  こう見えてもあなたには感謝しているし、  恩義だって感じてる。  『それは地獄』だなんて言う訳ない。  かと言って…  『それは天国』だなんて言ったら何なのよ?  私がその状況に大喜びしているということじゃない?  言葉として、それを認めろと言うの?」 女の困惑に巻き込まれるかのように、 俺も狼狽してしまう。 何とか宥めようとして言葉を続ける。 いや、どっちで無くてもいいよ。 『天国でも地獄でも無い』でも別に良いって。 お互いに三十過ぎで、一緒に淡々とうどんを啜ってるの。 女はストンと席に腰を下ろす。 そして、訝しげな表情を浮かべる。 俺が発した言葉を徐々に心に染み渡らせている、 そのような面持ちだ。 しかし、その表情は含羞の色が愈々増すようだった。 女はその表情を隠すかのように俯く。 そして、くぐもったような声で語る。 「昼過ぎに二人でアパートで起きる。  一緒にショッピングモールに行く。  差し向かいで淡々とうどんを啜る。  二人とも三十歳を過ぎている。  そして、二人でうどんを啜ることは、  『天国でも地獄でも無い』  何、その未来?」 女は泣き笑いのような表情となってしまう。 唐突に立ち上がり、無言でバッグを肩に掛ける。 そして、肩を落とすようにしてドトールを出て行く。 食器はテーブルの上に残ったままだ。 氷も溶け、ほぼ水になってしまった アイスコーヒーの残骸めいた液体をぼんやりと眺める。 先程までは仄かだった俺の心の中の後悔、 そして申し訳なさ、 それらが急速にその濃さや密度を増していく。
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