一章

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 後宮に上がることは、青藍の夢だった。  青藍の母親は青藍が生まれる前、龍翔の乳母として後宮に上がっていたらしい。両親は謙虚でおおっぴらに語ることはなかったが、母親が乳母を務めていたことは氾家の使用人たちの誇りで、青藍は「立派な奥方様です」と周囲の者から聞いて育った。  そんな母親が病気で亡くなったのは、青藍が六歳の時だ。毎日、母親の墓前で泣いていた青藍の前に、一人の少年が現れた。高貴な顔立ちをした少年は、幼い時に母親に世話になったのだと言った。 「そんなに泣くと、涙で目玉が落ちるぞ」  泣きじゃくる青藍を、少年は抱きしめた。青藍も悲しむ少年を抱きしめ、二人で長い間、母親の墓の前に座っていた。  その時は理解していなかったが、後になって、「あの少年は、母親が乳を分けた皇子ではなかったのだろうか」と気がついた。  孤独と悲しみを瞳に浮かべながらも、青藍を慰めてくれた少年の優しい微笑みを、青藍は何年経っても忘れることができなかった。  想いは年々募っていき、初恋に気がついた頃、転機が訪れた。前皇帝が亡くなり、母親が乳母を務めた皇子が玉座に座ることになったのだ。青藍は、新設される後宮に、なんとしても入りたいと考えた。  礼儀作法や、学問、芸事を磨き、機会を待っていた青藍の願いは叶った。  そして、天にも昇る気持ちで後宮にやって来たというのに――。 (皇帝のお渡りは、全然ないのよね……)  後宮には、たくさんの妃嬪がいる。新参者には、なかなか興味を持ってもらえないのかもしれない。そもそも、存在を認識されていないのかもしれない。 「一応、賢妃なんだけどな……。そろそろ、顔を見に来てくれてもいいと思う」  ぶつくさ言いながら鞦韆を漕ぐ。  後宮での生活は暇すぎて、こうして体を動かして発散をしないと、気持ちも塞ぐし、運動不足にもなる。
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