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序章
商店の軒先から、饅頭の良い香りが漂っている。
氾青藍は引き寄せられるように近づくと、店主に、
「それ、二つ下さいな」
と声をかけた。すかさず、侍女の翠玉が、
「青藍様。氾家のお嬢様が、食べ歩きなんて行儀が悪いです!」
と注意をする。
ここは、遙輝国の帝都にある東の市。城壁に囲まれた街の中で、最も賑やかな場所だ。周囲には商店が建ち並び、あちこちから客引きの声が聞こえてくる。
「そんなこと言わないで、翠玉。後宮に入ったら、きっともう市で食べ歩きなんてできないもの」
青藍は構わずに店主に金を払うと、饅頭を二つ受け取った。
「それはそうでしょうけど……」
仕方がないというように溜め息をついた翠玉に、青藍は、
「はい、翠玉の分」
と饅頭を差し出した。翠玉が、
「いただいて良いのですか?」
と目を丸くする。
「うん。食べ歩きが出来なくなるのは、一緒に後宮に入ってくれる翠玉も一緒よ」
青藍はもうじき現皇帝の後宮へ入宮することになっている。今日は、最後の思い出として、東の市へ遊びに来たのだ。
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