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暑い夏の日、僕はワンマン車両の2両編成電車から無人駅のホームに足を降ろした。所々欠けたコンクリートの、プラットフォームとは言い難い場所を通り抜け、木製の回収箱に切符をいれた。駅の外に出ると、目の前には細い道路と、田んぼ道が広がっている。一面草原かと思う程青々と米の苗が育っている。蝉の音が煩いほど聞こえるのは、空気が綺麗な証拠だ。 「さて…」  駅に着いたらタクシーでも、と思っていたが、その様なものが無いことは降りてすぐにわかった。仕方ない、歩いて行こうとスマートフォンの道案内を頼りに歩き始めた。  二、三十分歩いても景色が変わらない。本当に合っているのだろうかと不安になってくる。駅前にあった道路も段々と細く荒くなってきて、いつの間にか舗装されていない道に入ってきた。汗がどんどん吹き出してきて、ハンカチで拭っても滴り落ちてくる。僕は立ち止まって、上を見上げた。目の前には大きな山があるため、緩やかな勾配が少しずつ身体に負担になってくる。  「こんにちは」  急に声をかけられて僕はビクッと肩を揺らした。そこには野菜を持った老人が立っていた。麦わら帽子に、泥まみれの服を着て、畑作業の帰りなのだろう。 「こんにちは、暑いですね」 「こげに暑い日に何の用で田舎くんだりまで来たんじゃ、珍しいな」  首にかけたタオルで汗を拭きながら近づいてきた。 「あ、僕倉持と言います。ジャーナリストをしていて、今日、この近くに住んでいる『住吉ハル』さんを訪ねる為にやってきました」 「あーハルさんか、もう少し歩いた先に神社がある。その隣にあるのが彼女の家だ」 「ありがとうございます」  この道で合ってる事に安心した。僕は軽く会釈をしてお礼を言った。 「あんた、ジャーナリストって、有る事無い事書いている連中だろう?」 「はあ、ジャーナリストと言っても、色々な種類の方がいますから…」  少なくともこのご老人には、僕の職業に対する印象は良くないのは分かった。 「もしかして、あんたもこの村の慣習について調べているのかい?」 「え?慣習?」 「いや、なんでもない、じゃあな」  老人は気まずそうにその場を後にした。  老人が言った通り、ハルの家は古い神社の隣にひっそりと立っていた。神社と言っても、あまり手入れされている様子はなく、石でできた鳥居の足元には草が生えていて落ち葉で足元が湿っている。逆にハルの家は古くても、玄関先の小さな庭は葉っぱ一つ落ちておらず、手入れが行き届いていた。黒い屋根瓦が張ってあるこじんまりとした家の呼び鈴を押した。 「先日お電話を差し上げた倉持です」  玄関の引き戸が開くと背中の少し曲がった80代の女性が現れた。白い割烹着をきて、長い白髪はお団子にして綺麗に束ねられている。 「倉持さん、こんな遠い所までようこそお出でになりました。さあ、中にお入りください」 丁寧な歓迎を受けて、玄関の隣の居間に通された。さっきの老人ほどジャーナリストに抵抗がないのかもしれない。い草の良い香りがする畳に座ると、すぐに冷たい麦茶と茶菓子が運ばれてきた。 「ここまで歩いて?」 「はい、タクシーを捕まえようと思っていたのですが、私の考えが甘かったようです」 「そうですよ、ここはあなたがいる都会とは全く違いますから」 「さっきそこで男性にお会いしましたが、僕がよそ者だとすぐにわかりました」 「ここは電車も滅多に止まらない閉鎖的な村ですから、住人同士知らない人はいないです。若者はほとんど街に出ましたし、老人同士の寄合で色々な事を決めて、助け合っているんです」 「そうですか」 「で、今日はこの村の話が聞きたくて来たのでしょう?名刺を拝見する限り、『雑誌スピリチュアル』…のライターさんがこの村の過疎化の話をしにきたのではないでしょう?」 「はい、今日はこの村にいる妖や、氏神様について調べに来ました」 「昔は確かにここは信仰の厚い村で、妖を見たという者も沢山おりました。隣に神社があったでしょう?もともとはそこに氏神様を祀っていたんです」 「ですが、あの神社は今は…」 「ええ、今はもうそれを管理している人もいなくなりましたから…でも昔はいたんですよ、氏神様に近い立場の方が」 「氏神様に近いとは?もしかして、霊感が強い方が神主をしていたんですか?」 「いえ、ちょっと違います。私が産まれる前の事ですからあくまでも又聞きのお話として受け取りください」 「もちろんです、是非聞かせてください」 「この話をするには、この村の慣習の話をまずしないといけませんね…」 ハルはお茶を一口飲むと、ぽつりぽつりと話し始めた。 続く
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