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王妃を前に、露骨に背を向ければ不敬罪に当たる。
だからロッタはナチュラルに身を隠そうと思ったけれど、そうは問屋が卸さなかった。
「あら、ごきげんよう。ロッタ」
ふわりと笑った王妃の目は『逃げんなよ』としっかり語っていた。
ロッタはしぶしぶ腰を折る。「ごきげんよう」と言われ、同じ言葉を返すことができるのは、それなりの身分がある者だけにしか許されていない。
メイドは道を譲り、首を垂れること以外選択肢は無かった。
「顔を上げなさい」
「……はい」
無視して通り過ぎて欲しいと切に願ったが、んなもん望むだけ無駄だった。
「相変わらずみすぼらしいわね。こんな女を抱かなければならない陛下を想うと胸が痛いわ」
顔を上げた途端、口元を手で隠しながら王妃は、大変失礼なことを言った。
さすがの発言にロッタの顔は引きつる。だがしかし、これで夜伽を撤回してくれるなら甘んじて受け止めようとも思った。
けれど、返って来たものは更なる屈辱だった。
「夜伽までまだ数日あるから、これで少しは身なりを整えなさい」
───チャリン。
床に落とされたのは、銀貨3枚だった。
金貨でも、銅貨でもなく─── 銀貨3枚。
笑ってしまう程の中途半端さだった。
「何をしているの? 恐れ多くも王妃からのお恵みよ? 有難く受け取りなさい」
「そうよ。ぼさっとしてないで、跪いて拾いなさい」
「あーら、それとも銀貨なんて見たこと無いから、怖いの? これはお金。それに拾っても大丈夫。窃盗罪にならないわよ」
「それより”ありがとうございます”は? 下賤の者は口の利き方も知らないから嫌になるわ」
メイドが許しも無く口を開いてはいけないことを、この者たちは知らないのであろうか。
そんなことを冷静にロッタは思った。あと、相変わらず良く回る口だとも。
でも、拾った。
両親と弟の顔が浮かんでしまったし、そうしなければ、いつまでたってもこの騒音集団は消えてくれないから。
去っていく王妃御一行を見て、ロッタは心を固めた。
絶対に一泡吹かせやると。
***
「───……っていうことがあったの」
ロッタはレポート用紙から目を離さず、昨日の一連の出来事をアサギに語った。
「……へぇ」
想い人が随分な目にあっているのに、アサギの口調は酷くそっけない。
でもその目は、眼光だけで人を殺せることができるほど鋭いものになっていた。
必死にレポート用紙に書かれている計画を脳に刻むのに忙しいロッタは、そんなアサギに気付かない。
そして、更にレポート用紙を強く掴んで今の心情を口に出す。
「目にもの見せてくれるわっ」
「……だな」
アサギが同意したと同時に、ロッタの握力に耐えかねたレポート用紙が悲鳴を上げる。
その音はまるで王妃の未来を暗示しているかのようだった。
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