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告白の予告
「あれ?今、終わり?」
聞き慣れた声に、立ち止まって振り向いた
「あ、出石さん」
同じ病院で働いていても
滅多に会えないもので
こうやって偶然会えたりすると嬉しくなる
「ねぇ、ちょっと時間ある?良かったらお茶でも」
出石さんは、なんかナンパみたい、と小さく笑う
「いいですよ、ナンパされてあげます」
照れながら返す
私が出石さんと出逢ったのは、同僚としてではなく、患者と担当看護師としてだ
乳房切除後の麻酔からさめた時に見た微笑みは、今でも忘れられない
第一声は「おかえり」だった
はっきり聞いたわけではないけれど
歳はたぶん私よりも10くらいは上だろう
そろそろ主任になるのでは?と
聞いたことがあるけれど
「とんでもない。そういうの興味もないしね」と笑っていた
指輪はしていない
仕事中には外す人もいるけれど、跡もないし結婚していないか、それともバツイチか
そんなところをチェックしているのは、出石さんが、“私の気になる人”だからだ
「こんな時間なので、食事にしませんか?あ、出石さんお家で誰か待ってたりします?」
この聞き方なら、不自然じゃないよね?
「いいね、ご飯食べよ。家に帰っても1人だし、なんならゆっくり出来る」
嬉しそうに言ってくれるから、私も嬉しくなる
「オペ室も忙しいよね?サイレン良く聞くけど緊急も多いの?」
クリーム系のパスタを口に運びながら出石さんは聞く
「まぁ、そうですね。でも病棟よりは時間外は少ないと思いますよ。夜勤もないし体は楽です。おかげさまで体調も良いですよ」
「そう、それは良かった」
と、ちょっと目を細めた
「体調を心配して声をかけてくれたんですよね?今日も、あの時も。プライマリーナースって、そこまでするんですか?」
うちの病院では
1人の患者さんに1人の担当看護師がつくプライマリーナーシングを採用している
私は病棟勤務の経験がないからよくわからないけど
退院してからもフォローしていたら身がもたないだろう
「さすがに退院しちゃったら何もしないし、する権利もないよね、普通は。」
「私は普通じゃない?」
「正直に言うと、ちょっと気になってた」気分を害したならごめんねと俯いた
「いえ、気にかけてもらえるのは嬉しいです。でも、どうしてですか?」
私が期待する『気になる』じゃないんだろうなぁ
「同じ看護師だから?」
同情されてるのかなぁ
「違うよ。河合さん、泣かなかったでしょ?」
「え?」
「入院してる間、ううん退院してからも、一度でも泣いた?」
「・・・私、この件に関しては泣かないって決めてるんです。こう見えて私、案外強いんですよ。ずっと1人でやってきたし...これからも...癌なんかに負けませんから大丈夫ですよ」
本心だった
病気の事を隠さずに話せる、数少ない相手だから素直に言える
入浴する時、着替える時
嫌でも目が行く自分の裸体
目を逸さず見つめる
負けない・泣かない
呪文のように
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