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片瀬はメニューの陰から神宮寺をうかがった。初めて会った会議のときには気付く余裕もなかったが、見るからに高級そうなスーツと靴に身を包んでいた。髪型も雨に濡れながらも少しも乱れていない。整った容姿にクールな外見。
が、目はあのときと同じ印象だった。周りを見下し、小バカにした目。どこか冷めた、厭世的な色合い。
「ブランデー」
水を持って行った沙樹が困った。
「お客様、あの、当店ではお酒は……」
「なけりゃ買って来いよ」
「……」
神宮寺は、黙ってしまった沙樹を不愉快そうに見た。
「JAFが来るまで待たなきゃならないんだ。酒でもなきゃ間が持たないだろう」
その圧力のある言い方にびびり、沙樹は神宮寺のテーブルに水を置こうとしてこぼした。
「す、すみません」
慌てておしぼりでテーブルを拭く沙樹を、ますます不機嫌になった神宮寺が睨み付ける。店内の空気が緊張した。
片瀬は、思わず立ち上がった。
「ちょ、ちょっと……」
工藤が止める間もなく、片瀬はもう神宮寺の前に立っていた。
「何だ?」
神宮寺はまるで動じることなく片瀬を見返した。
「あの……どういう故障ですか?」
「あ?」
「車です。JAFを呼んだんでしょう?」
「わかるのか」
「少しは心得があります。道具さえあれば」
そうして雨の中、片瀬はリムジンのエンジンルームを点検することになった。ガソリンスタンドでバイトしていたこともある。機械は弱い方ではない。
「動くか?」
「一時的には。後でちゃんと修理屋に出した方がいいです」
神宮寺が口の端を小さく上げて笑った。機嫌が良くなったようだ。
「給料はいくらだ?」
「は?」
「お前の今の勤め先の給料だ」
前に会議で顔を合わせたことなど覚えていないらしい。下っ端の現場の社員なんぞ、一山いくらってわけだ。
「神宮寺産業の総務部に勤めています」
驚くかと思ったが、神宮寺の顔に感情は出ない。
「なら話が早い。3倍出す。あいつの仕事を引き継いでくれ」
指さされたネズミが慌てた。
「せ、専務っ……、私は」
ネズミがわめいたが、神宮寺は相手にしなかった。面食らったのは片瀬だ。
「何か新種のジョークですか……」
「気は利かない、何でものろい。うんざりしてるところだったんだ。新しい秘書を捜してた」
また気まぐれが始まった。
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