出世

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 神宮寺はいわゆる天才肌だった。予想していた通りだ。やる気のないことには全く興味を持たないが、気に入ったことならとことん追及する。  専務業は、そのうちやる気のない部類に属していた。会議、視察、得意先との打合せ。ほとんど片瀬が代理で出ることになった。  が、わからないことだらけに決まっている。片瀬は必死でマニュアルや資料やデータを集め、読みこなした。でもそれらに載っていないことも多かった。  仕事の運営上神宮寺が必要とされるのは、いわゆる盲目印を押すことだけ。片瀬はその橋渡しを機械的にやればいいと言われていた。でも、わからないことをそのまま右から左へ流すのは嫌だった。だから努力はしたけれど、何とか会議の流れをつかめるようになっても、全然現実味がわかない。わかないから的確な判断ができない。  片瀬は、時間の許す限り全ての部署を駆け回り、一人一人から現場の話を聞くことにした。総務時代に顔だけは広くなっていたので、みな気軽に応じてくれた。必要とあれば取引先や出入りの業者まで紹介してくれた。  おかげで片瀬はたくさんのことを知った。書類に上がってこない営業マンのかけひきのノウハウ、事務方の在庫管理の煩雑さとそれを整頓する工夫、システム部門の情報データ処理の複雑さや失敗談……。勉強になると同時に面白く、楽しかった。片瀬が楽しんで聞くからか、相手も気分良く話してくれた。  だが、そうしてプロとして自信を持ち、誇りを持って仕事している人もいれば、現在の配属セクションが合わなくて戸惑っている社員もいる。そんなことにも気付いた。そういう感想と社員の似顔絵、フルネーム、彼らの意見や話に出てきたそれぞれの家族の話などを、片瀬は全部メモにして覚え込んでいった。 「手伝えることはないですか?」  工藤がよくフォローしてくれた。あちこちに話を通してくれたり資料を用意してくれたのも工藤だ。 「片瀬さんが上司なら、何でも従っちゃうんだけどなァ」 「じゃ、オレが社長になったら秘書にしてやるよ」  工藤はジョークに笑ったが、その目は本気だった。
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