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「マドンナっすよ」
工藤とあちこちの部署や得意先を回っている途中、片瀬の目が釘付けになった女性がいた。新田まどかという名前だと工藤が教えてくれた。
大きな花束を抱え、つやのある長い髪をなびかせ、淡い色のスーツでゆったり歩くまどかは、そこだけスポットライトが当たっているかのように目を引いた。
そのときまどかは、目の前のお年寄りに思わず手を差し出した。が、腕の中は花でいっぱいなのを忘れていたようで、――結果当然、持っていた花はばらけてしまった。
片瀬は反射的に、その年寄りの荷物を引き受けて横断歩道を一緒に渡った。
何度も礼を言って去って行く年寄りに手を振って、振り返ってみれば、まどかは男ども4,5人に囲まれていた。花を拾うことに立候補したと思われるやつらだろう。花を手渡され、はにかみながら礼を言っているまどかは美しくて可愛いらしかった。
「この先の音楽教室のピアノの先生なんですよ。ここらじゃ有名で、妹だの母親だのを習わせに行く野郎共が増えて。自分で習いに行くバカもいます。あー、オレも行っちゃおっかな」
「お前、子供が生まれたばかりだろうが」
「マドンナは別ですよ。占いみたいなもんです。見れたら今日は1日ラッキー。見れなかったらアンラッキー」
まどかは横断歩道を挟んで片瀬にも会釈をした。その時から、片瀬にとってもまどかはマドンナになった。
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