Ⅳ.

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▽ 「ちょうどいい機会だ。話を聞く前に、一度整理しようか」  屋敷に戻るなり、ロダンは自室から連なる研究室の扉を押し開いた。数ヶ月ぶりの室内は、やはり堆く積まれた本の山の中に、幾つかの機械が鎮座している。 進行を妨げる物の中を器用に進み、彼は机上を雑に片付け始めた。やがて、幾つかの線に繋がれたタイプライター型の機械が姿を見せる。嫌になるほど見慣れた顔に、つい眉を顰めた。  動くことも喋ることも人の言葉を解すことも出来ない機械が、この部屋には集っている。壁際に設置された一際大きな機体に歩み寄り、そこから垂れ下がる線に指を絡めた。この物体と私で何が違うのか、未だによく分からないままだ。  音が響く。霞がかった思考の中で、僅かに口を開いた。 「私も、君に聞きたいことがある」  ロダンは手に小さな機械を持ったまま振り向いた。戯けるように首を傾げながら、手は忙しなく準備を進めている。 「僕は、君ほど面白い話は持ち合わせていないけれど?」 「私に黙っていることがあるだろう。君は秘密が多いから」 「秘密ね、」  肩を竦めて視線を落とした彼を、薄く見つめる。  私が造られてからの数年間。ずっと、気になっていることがあった。  真物のいない機械人形なんて、聞いたこともない。リリアンヌ・エルメはそう叫んだが、真物を持たない機械人形は数多くいる。機械従業員はその筆頭だ。  ただ、私やリリアンヌさん、クリスティさんのように、労働力として製造されたわけではない機械人形には、大抵の場合で真物がいるのも事実だった。更に言えば、リリディ街を除く国々で、労働力となる従業員や偽物以外の機械人形が暮らすことには意味がない。  しかし私は彼に造られ、ここに存在している。  なぜ造られたのだろうか。機械人形研究者としての研究の一環か。ならば何故未だに私を傍に置く。ロダンが私に望んだものは、求めたものは。私は何のために生まれた。黒でも白でも灰色でもない私の存在は、一体どこにある。  不確かだ。その意義を知らない私にとって、自分の存在は恐ろしいほど揺らぎやすかった。ロダンが私を認識することで、私は私という存在を得られるが、それでは意味がない。私はいずれ、人間である彼と永遠の別れをするのだから。ルイージアの言葉が思考を過った。 ――ああ、そうだ。それに。 「レイチェル」 「――なんだって?」  その名を告げた途端、彼の双眸は私を映した。訝しむような皺が眉間に刻まれる。 「どこでその名前を?」 「エヴァンズ卿が。私に似ている人間を知っていると言っていた」  隠し事の多い琥珀色を、真っ直ぐに見つめ返した。その更に奥、僅かに存在するはずの感情を探るために。 「彼女は誰だ。私は何物だ。……君はなぜ、私を造った?」  機械音。  彼の瞳に、ようやく光が見えた気がした。
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