悪阻

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 もう(しばら)くしたら、(ひろし)さんが帰ってくる。  怖い。正直、隠せるとは思えない。  夫婦の関係は無くなっていない。  寛さんに求められたら応じている。それはずっと変わらない。でも、避妊はずっと続けている。  覚悟を決めて、子どもができたと言い張って演技すれば、誤魔化(ごまか)せないことは無いかもしれない。避妊が失敗するのはあり得ることだから。  でも一世一代(いっせいちだい)の演技を打つ、腹を(くく)るのは怖い。  子どもは産んで終わりじゃない。子育ては産んでからが始まりだ。いつ終わるとも分からない、長い長い子育てが延々と続く。  だから始まりに嘘があるのは無理だ。そう思った。  嘘がなく産んだ瑠璃ですら、こんなに大変なのに。  育てるのはしんどいけれど、嘘がないから救いもある気もする。楽しいこともある。嘘がないから感じ取れる気がする。  それなのに私は瑠璃から離れようとしている。  寛さんとの間に子どもができたなんて作り話は難しい。怖い。どうしても覚悟が持てない。    ……ガチャリ。  ドアの鍵を開けて、寛さんが帰ってきた。 「ただいま」 「おかえり……」 (元気がないのに気づいてくれるかな?)と(あわ)い期待をしてしまったけれど、それはなさそうだ。 「ちょっと気持ち悪いから、1人で食べてもらえる?」 「気持ち悪い? どうかした?」  私の顔を見た寛さんの表情は、疑っているようには見えなかった。
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