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瑠璃のお遊戯会
寛さんは自分の引っ越し準備を淡々と進めた。一ヶ月後に申し込んだ私と瑠璃の引っ越しは、荷造りも含めて業者に依頼するオプションをつけた。
転勤の背景には、日本製鋼の事業内容が変化してきたことが関わっているらしい。石炭ではなく水素を使って鉄を作るために、研究者の配置が変えられていく。
寛さんは特に態度を変えることもなく、ときどき仕事の話をしてくれた。
夜に求められることはなくなった。もっとも、子どもがお腹にいれば身体の関係がなくなるのは自然だろう、とは思う。
腹の探り合いをするような雰囲気はあったと思う。でもそれは元からのこと。今に始まったことじゃない。
寛さんが千葉県富津市の研究所で働き始めるのは11月からになる。富津は房総半島の南に位置しており、東京や横浜に行くなら、電車よりも東京湾アクアラインで、車や高速バスで移動するほうが格段に速い。
瑠璃が通う幼稚園のお遊戯会が11月の第一土曜日にある。
寛さんはテレワークを入れて出勤日を調整し、芦屋でお遊戯会を観られるように予定を合わせた。
芦屋の幼稚園は行事に熱心で、年長で最後になるお遊戯会ではクラスで演劇をする。演目は「さんびきのこぶた」。瑠璃は次男のこぶたを複数人で演じる。みんなと一緒に、台詞を歌って動く。
瑠璃は言葉の覚えが遅いから、台詞の少ない役になる。こぶたを襲うオオカミのようなハイレベルな役回りは、言葉が流暢できっちり動ける子どもが演じる。
それでも役を持ってステージに立てるだけで本当にすごい。瑠璃はよく頑張ったと思う。
舞台で周りを見て戸惑いながらも、歌って演じる瑠璃を見ていると、涙が溢れてきた。
成長が嬉しいような感慨とは違ったかもしれない。何だか申し訳ないようなありがたいような、こんな母親なのに瑠璃が育っていることが奇跡のように感じて、涙が止まらなかった。
お遊戯会が終わり、幼稚園から連れ立って出てきた3人家族を、街路樹の影に身を隠して眺めている人がいた。
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