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神戸ハーバーランドにて
タカオカさんからLINEが来て、久しぶりに会うことになった。
夫が先に引っ越したので今は娘と2人で暮らしているのを伝えたら、外で会うことになった。
ずっと外で会いたかった。
一度でいいから、神戸を一緒に歩いてみたかった。
神戸ハーバーランドのハーバーウォークに着いた。海が目の前だ。石の椅子に座り、観覧車をボーッと眺めてタカオカさんを待った。
風がふいて寒いけど、陽があたると暖かい。海の風が気持ちいい。横浜の山下公園みたいだなぁ、と思った。
芦屋に住んでいて神戸は近いのに、なぜか寛さんは神戸に行きたがらなかった。土日祝日はよく家族で買い物に出かけたけれど、西宮や大阪に行きたいと言っていた。
「神戸は横浜と似てるよ。横浜のほうが楽しくていいところだから、わざわざ神戸に行かなくていいよ」と、寛さんは言った。
一度だけ神戸モザイクのショッピングモールでパスタを食べて、中華街もぶらついたけれど、眺めが綺麗な公園に寄ったりはしなかった。結婚してすぐに横浜から移り住んで、もう7年経つというのに。
確かに、神戸は横浜に似ている。三宮の猥雑なところも似ているし、こういう上品で風情のあるところも似ている。
でも同じではない。神戸は横浜と、確かに違うところがある気がする。何が違うんだろう? 重みというか、街のどこに重みが置かれているのか……そういう違いかもしれない。
寛さんとは出会った横浜に思い出があるから、神戸で上塗りしたくなかったのだろうか。それともやっぱり、いつからか私の裏切りに気づいていたのだろうか。
そろそろクリスマスが近い。
「遅れてごめんね」
タカオカさんはいつも遅刻する。私も遅刻魔だけど、タカオカさんはそれを超えてくる。怒る気にもならなかった。遅刻していいよ、と許されたような気がした。
これがタカオカさんと会える最後かもしれない、とぼんやり思った。ほんとうは夜景も、一緒に見たかったな。
「どうしたの?」
「あ、いえ。何でもないです」
「ここ、混んでないから落ち着くよね」
「そうですね……」
たわいのない会話をしていて良いのだろうか。いやむしろ、本当はこういう何気ない会話がしたかった気がする。ずっと。
「神戸、綺麗ですね」
「うん」
タカオカさんの相槌が久しぶりに聞けたな、と思った。
当たり前の会話をすることがなくなっていた。当たり前の仲じゃないから当然だけど。
「ちょっと痩せた?」
「あ……はい」
学生たちが食べ歩きしながら通りすがった。食べ物の匂いに吐き気が込み上げてくる。
私は後ろを向いて隠れ、取り出したエチケット袋に少しだけ胃液をもどした。
「悪阻?」
「……はい」
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