80人が本棚に入れています
本棚に追加
/91ページ
その日、昼過ぎに夫は家を訪れた。寒いけれどよく晴れた日だった。
いつも通りの片付いていない我が家に夫が帰宅した。それだけのような気がした。そう思いたかった。
「みなみは一緒に住みたくないんだよね? とりあえず、瑠璃は連れて行くから」
「うん」
寛さんは怒っているように見えなかった。離婚を考えているふうにも見えなかった。
とりあえず、は寛さんの口癖だ。いつも「とりあえず」と言って結論を出さず、適当に動き始める。そういうところは嫌いじゃなかった。
瑠璃は父親と手を繋いで家を出て行った。
ドアを出る前に瑠璃は振り返って私を見た。
「ママは?」
「ママは、行かない」
「……バイバイ」
瑠璃はいつもと同じように手を振った。
「バイバイね」
私も、いつもと同じように手を振って見送った。
いつも休日にやっていたみたいに、ママが家でお留守番をして、パパとお出かけするパターンだと思っているのだろう。
瑠璃とママは離れ離れになるんだよ、と伝えておくことはできなかった。
別れるのはどういうことなのか、意味を伝える自信がなかった。瑠璃にはまだ早いと思った。
そのうち、いつか、また会えるだろうと思う。その時に私のことを覚えていれば、懐かしく話せるかもしれない。
最初のコメントを投稿しよう!