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そして春
「赤ちゃんの性別、そろそろ分かりますよ。来週、ちゃんとお知らせできますね」
今日は定期検診の日だ。お腹の子は順調に大きくなっている。
悪阻もすっかり治まった。逆に食欲が止まらなくなり、太りすぎないよう先生から注意されてしまった。
病院の外に出る。ずいぶん暖かくなった。もう春になる。
お腹の子は女の子だろうか。男の子だろうか。
瑠璃は横浜市の港北区にある夫の実家で暮らしている。
そこで小学校にあがるんだと思う。
夫の両親は瑠璃のことを「できが良くない」と思っているふしがあった。瑠璃はまだ小さいから気づいていないかもしれないけど。
瑠璃には、おおらかに受け流せる鈍感力みたいな素質があるから、できないと思われていても気にしないかもしれない。
よく喋り沢山の料理を作り朝から洗濯機を回す明るい義母と過ごすほうが、朝に弱くて家事が嫌いで無口な私と過ごすより瑠璃のためになるかもしれない。
一人で迎えたお正月は初めてだった。思いのほか寂しくなかった。誰にも気を遣わないでネットサーフィンできて楽しかった。
私には一人の時間が足りていなかったのかもしれない。
寛さんは律儀に生活費を振り込んでくれていた。私と結婚する前に一度離婚しているからだろうか。意外とお金のことはきっちりしているんだな、と思った。
私は尼崎に引っ越すつもりで、住む部屋を探し始めた。
今住んでいる芦屋市の隣は西宮市で、その隣が尼崎市だ。尼崎なら安く住めるアパートがある。
芦屋と西宮は高級住宅街だけど尼崎は庶民的な町だと、寛さんから聞いていた。
千葉県の富津の研究所に転勤する前、寛さんは尼崎の研究所に勤めていた。時々話題にのぼっていた。尼崎は治安が良くないんだよ、今日も何やら事件があったみたいだ、そんなふうに話していた。
治安があまり良くないなら割と安く住めるのかな? と当時もちょっと思った。
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