そして春

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 振り返ると、好きになった人を拒否したのに追いかけられるような、そういう経験はなかった。結婚の縁があった夫の(ひろし)さんともそういうことはなかった。  寛さんとは契約するように付き合い始め、決断するように結婚した。結婚を決めてくれた時は、誠実さに感動したのを覚えている。ちゃんと決めてくれることこそが愛だと、当時は信じて疑わなかった。  瑠璃を産んだ時も、子どもを作ると話し合って決めて実行した。決めたらすぐにできてしまったから、驚いて気持ちが追いつかなかった。  決めたことが叶うのは幸せなことだと思う。決めたことを受け入れられるなんて、ありがたいことに決まっている。願っても叶わない人だって沢山いるのに。  でも私はどこかで(あきら)め切れていなかった。好きな人に必死になって気持ちを伝えて、いつのまにか好かれていて、拒否しても追いかけられたりするような。そういう、くだらないけど胸が締め付けられるような応酬(おうしゅう)積年(せきねん)の夢だった。  タカオカさんをこちらから嫌っても好かれたことが、無性に嬉しかった。  時々タカオカさんの顔を思い出した。  背が高く見える時とそうでない時はなぜか顔つきも違って見えて、私は低く見える時の顔が好きだった。  自信に(あふ)れた(すず)しい横顔じゃなくて、まっすぐ私の目を見ているのに何を考えているのか(つか)みきれない目。冷たくもなく暖かくもなくて、確かにタカオカさんの存在を感じたあの表情が好きだった。  お腹の中で動き回る赤ちゃんは、タカオカさんが私に残した痕跡(こんせき)でもある。  夜更かししながら息抜きに成人向け動画サイトを見ていると、お腹の中の赤ちゃんが活発に動き回るのを感じた。  ご飯を食べていて「美味しい」と思えば、共感するようにお腹を蹴ってくるし、刺激的な動画に興奮すると元気に暴れている。  何だか、(よく)の強そうな赤ちゃんだな。三大欲求が強そう。女の子だって先生は言ってたけど、大丈夫かな。なんて考えながら、ちょっと楽しくなってしまった。
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