80人が本棚に入れています
本棚に追加
/91ページ
振り返ると、好きになった人を拒否したのに追いかけられるような、そういう経験はなかった。結婚の縁があった夫の寛さんともそういうことはなかった。
寛さんとは契約するように付き合い始め、決断するように結婚した。結婚を決めてくれた時は、誠実さに感動したのを覚えている。ちゃんと決めてくれることこそが愛だと、当時は信じて疑わなかった。
瑠璃を産んだ時も、子どもを作ると話し合って決めて実行した。決めたらすぐにできてしまったから、驚いて気持ちが追いつかなかった。
決めたことが叶うのは幸せなことだと思う。決めたことを受け入れられるなんて、ありがたいことに決まっている。願っても叶わない人だって沢山いるのに。
でも私はどこかで諦め切れていなかった。好きな人に必死になって気持ちを伝えて、いつのまにか好かれていて、拒否しても追いかけられたりするような。そういう、くだらないけど胸が締め付けられるような応酬。積年の夢だった。
タカオカさんをこちらから嫌っても好かれたことが、無性に嬉しかった。
時々タカオカさんの顔を思い出した。
背が高く見える時とそうでない時はなぜか顔つきも違って見えて、私は低く見える時の顔が好きだった。
自信に溢れた涼しい横顔じゃなくて、まっすぐ私の目を見ているのに何を考えているのか掴みきれない目。冷たくもなく暖かくもなくて、確かにタカオカさんの存在を感じたあの表情が好きだった。
お腹の中で動き回る赤ちゃんは、タカオカさんが私に残した痕跡でもある。
夜更かししながら息抜きに成人向け動画サイトを見ていると、お腹の中の赤ちゃんが活発に動き回るのを感じた。
ご飯を食べていて「美味しい」と思えば、共感するようにお腹を蹴ってくるし、刺激的な動画に興奮すると元気に暴れている。
何だか、欲の強そうな赤ちゃんだな。三大欲求が強そう。女の子だって先生は言ってたけど、大丈夫かな。なんて考えながら、ちょっと楽しくなってしまった。
最初のコメントを投稿しよう!