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みなみに裏切られているのは分かった。夢中になっている人がいるのは分かりやすかった。
最初に違和感を覚えたのは、みなみがスマホに繋げたイヤフォンから男の声が聞こえてきた時だったと思う。
内容までは聞き取れなかったが、声が特徴的だった。耳に引っかかって残る声だった。
みなみはイヤフォンの片耳側を外して瑠璃を気にしながら、男の声を聞いていた。
ラジオとは違うような気がした。話題にのぼらないことが不自然に思えた。
真剣に隠していなかったんだろうな。僕には愛想を尽かしていたのだろうか。そうかもしれない。
みなみは一人で瑠璃の面倒を見ていた。僕は毎日残業で、21時にも帰れなかった。尼崎研究所に転勤して両親とは離れていたから、手伝いも頼めなかった。
でも土日は時々瑠璃を外に連れ出して、みなみを休ませるようにしたつもりだった。
みなみが子育てするのは苦しそうで、つらくて見ていられなかった。
母親はよく、妹とまとめて「あなた達を育てるのはラクだった」と言っていた。大人しくて言うことを素直に聞き、幼稚園の頃は20時に寝た。反抗期はなかったし、勉強しなさいと言ったこともないと。
「勉強しなさい」については一度言われた記憶があるから違うんだよ、とみなみに言ったら「一度って、そんなん言ったことないのと一緒だよ」と笑われたこともあった。
「子育て、こんなに大変とは思わなかった」と愚痴をこぼしたら、みなみは「子どもを育てるのが大変なのは当たり前だよ」と声を荒げた。
子どもを育てるのは大変なのが当たり前。そうだろうか?
みなみは「自分の育ってきた家は、一つの例でしかないよ」なんて言うけれど、普通は「家族とはこういうものだ」って思って、家族観を教えられながら育っていくものじゃないか?
周りの家は違うなんて、普通、そんなことを知る機会なんてないんじゃないか?
「家族とはこういうものだ」って思っていたから僕は迷わずに再婚を希望した。
みなみと縁があったのは、僕の中に家族を作る夢があったからだと思う。たとえみなみに否定されたとしても、それが理由で愛想を尽かされたんだとしても、僕は後悔したくない。
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