出産

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出産

 尼崎(あまがさき)の狭いアパートに引っ越してからは、日増しに大きくなるお腹の赤ちゃんと過ごした。安定期に入ると体調も崩れなくなり、少しずつ家を整えて赤ちゃんを迎える準備をしていた。  瑠璃を産んだ時、和痛分娩(わつうぶんべん)が難航して陣痛促進剤(じんつうそくしんざい)を打つことになり、胎児(たいじ)心拍数(しんぱくすう)が落ちてきて緊急帝王切開になったことを思い出す。  今回の出産は、前もって帝王切開を予定した。前回も帝王切開だったから自然とそう決まった。  お腹の子どもに会ったら、私は何て思うんだろう。怖いけれど気になる。  瑠璃に初めて対面した時の気持ちを忘れたことはなかった。違和感と抵抗を覚えてしまった、(来ないで、一人にさせてよ)と思ってしまった、母親になれていない自分が情けないような気持ち。    まだ夏みたいに暑い9月に、女の子が産まれた。  私は誰にも連絡しないで西宮(にしのみや)の個人病院で産んだ。瑠璃を産んだ同じ病院で。    産む時に陣痛で疲れていない出産だった。  産んだ後の、切開されたお腹の痛みは変わらない。でも陣痛に苦しんだ後に水を飲むことも許可されず、(のど)がからからで切開の痛みに耐えていた瑠璃の時を思うと、それよりは楽だった。  一晩は赤ちゃんと離れて寝て休んで、次の日のお昼すぎ、看護師さんがベッドの(わき)に赤ちゃんを連れてきてくれた。  移動できる赤ちゃん用ベッドに、昨日産んだ小さな赤ちゃんが寝かされていた。 (…………こんなに赤ちゃんって小さかったっけなぁ…………)  瑠璃も小さかったはずだ。あたふたしているうちに随分大きくなったけど。  この子は…………今は目を閉じているけど、瑠璃より目は少し小さいかな? 鼻は瑠璃より高いかな。 (名前、どうしよう) …………理性、意志、執念、憧憬(しょうけい)、情熱、情緒………………………………………………理性……情緒……………………  …………理緒(りお)。理緒にしよう。  理性と情緒で、理緒。 「かわいいですよね」  看護師さんに話しかけられてハッとする。 「今日はね、お腹の痛みもしんどいだろうし、まだこちらで預かりますよ。でも明日から昼間の授乳、頑張りましょうね。胸も張ってくるからね」 「……はい」  誰にも知らせていないから、誰もお見舞いには来ないけど、そのほうが気楽でいいと思った。  産後のボロボロになった私を見られてでも会いたい人なんて、誰もいない。  
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