夫の不安

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夫の不安

 日本製鋼も今では目標として(かか)げるようになった、脱炭素(だつたんそ)。正直言って、僕はあまり得意な分野じゃない。     僕は元々、鉄を材料として研究してきたし、鉄の品質を安定させる研究が本分だった。  脱炭素で求められる研究は、従来の石炭を使う製鉄技術ではなく、水素で鉄を生産するための技術開発。  それに並行して、石炭による製鉄で排出される、二酸化炭素を処理するための技術開発。  どちらも僕は専門分野が遠く、勉強が追いついていない。  民新党政権に替わってからは、余計に日本製鋼への風当たりが強くなってきた。脱炭素の向きからはどうしても、悪者扱いだ。  インドの製鉄企業を買収したりと、経営陣の判断は優秀で信頼がおけるし、利益も安定しているし、良い会社だと思うんだけどな。  会社の業績はかなり良いから、今年のボーナスも悪くなかった。ただ、僕のような研究職が時代にそぐわなくなったら、今の待遇は続かないかもしれない。  日本製鋼は滅多(めった)に社員のクビを切らない。転勤や人事異動、出向(しゅっこう)を受け入れさえすれば、仕事がなくなることはおそらくない。       今の時代は転勤辞令も、問題がないとは言えないだろうけど。    みなみが「古き良き大企業だねぇ、ほんとに」と言う、しみじみとした口調に(とげ)は感じなかった。  言葉通り受け止めて喜んでいたけど、僕は単純すぎたんだろうなぁ…………
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