episode 4 離れていても一緒でも(沢渡目線)

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「ご迷惑をおかけしました」 悔しそうな表情を滲ませつつ、そう言って事務所を飛び出した背中を追いかけた。プライドが高くて、自分は仕事が出来ると自負してる――そんな彼女が、次にとる行動は、手に取るように予想出来た。 「――やめるなよ」 俺が追っかけてきてることは気が付いてるくせに、振り向きもしない背中に、声を掛けた。更に早くなる足音に、駆け足で並ぶ。追いついた勢いで、手首をつかもうと伸ばした手を、ばっと振り払われた。 「何よ、私が辞めた方が、駿はすっきりするでしょ。あの子だって――」 『あの子』は今まで揉めてたジェシカを指すのか、日本でやきもきしてる雛を指すのか――。どっちだとしても、こんな風にケツをまくるように退職するのは、聡美らしくないし、彼女の将来にも良くない――。 「――自分の価値を、他人の評価に委ねるなよ。お前がどうしたいか、だろ?」 「もう…居場所なんてないもの…どうしたらいいかもわからないのよ…」 一筋、頬を伝った涙を、聡美は隠そうとして、露骨に俺から顔を背けた。 他者に対しては強気なくせに、聡美の内面は一度崩れると脆い。自棄になって、なりふり構わない行動に出る――前原が結婚して、最初の子どもが出来たころの彼女がそうだった。 封印したい記憶が、プレイバックの映像のように、俺の脳裏によみがえっていく。こんな風に泣いてる彼女を追っかけていったことがある――。 「駿はやっぱり優しいのよね。絶対に私を放っておかないもの…」 聡美は指先で涙を拭いながら、俺を正面に見据えて、蠱惑的な笑みを浮かべる。そして発した言葉は、本人も記憶の淵から掘り出してきたのか、彼女の常套句なのか、奇しくもあの時とおんなじセリフだった。 「ねえ駿。一度でいいから慰めてよ…」
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